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社員が語るOtsuka People Talk

2014年7月

ウィーン農科
(BOKU)大学
ヨハン ホルマン 准教授

私の夢は世界中の人々が高品質で健康的な食べ物を享受できるようになることです。大豆が、その助けとなるといいですね。

25年の研究を経て、3,000種もの大豆を栽培。オーストリアでの食用大豆の国産化に貢献。2014年現在はBOKU大学の植物栽培学部の准教授であり、「食用・非食用種子の育種、遺伝的多様性」を主に研究している。

科学者にとってクリエイティブな環境に身を置くことはとても大切です。外で遊んでいる子供たちのように遊び心をもつことが科学者には大切なのです。そこからすばらしいアイデアがひらめくこともあるからです。大豆畑というのは私の遊び場なのです。

もしあなたが研究者だったとしても、9~5時だけで研究ができるわけではありません。突発的にアイデアがひらめくときもあるのです。「これを試してみたい!」と。そして、翌朝研究所に来て、そのアイデアが良いか悪いかを試してみるのです。創造性はお店で買えるものでも、計画立てて作れるものでもありません。適切な環境に身をおいたり、適切な人と交わることで、創造性はつくられるのです。

ヨーロッパにおける大豆栽培の歴史

1870年代の初頭、BOKU大学の栽培学のハーベルランド教授は、ウィーンで開催された国際展示市を訪れ、そこで日本や中国から展示された大豆というものに興味を持ちました。その後、彼は展示市で得たいくつかの大豆種の栽培を始め、ウィーンでも大豆栽培が可能だということを発見しました。これは世紀の大発見だったという感じでしょうね。しばらくの間大豆の栽培は続きましたが、1878年にハーベルランド教授が亡くなってしまいました。

その後、研究は続けられましたが、問題は大豆をどのように扱えばよいか誰も分からなかったことでした。アジア諸国とは違い、当時のヨーロッパでは大豆が珍しかったため、人々は食肉とは違い、大豆の用途が分からなかったのです。どのように料理していいのか、どんな料理がつくれるのか分からなかったのです。そのため、大豆は次第に忘れられていきました。そして1980年半ばに再びオーストリアや他のヨーロッパの国々で大豆の活用が始まったのです。

大豆に惹きつけられる理由

大豆を研究している主な理由は、この土地には大豆が必要であると確信しているからです。オーストリアを始めヨーロッパ諸国は多くの大豆を南アメリカなどから輸入しています。全ては難しいかもしれませんが、それらの大豆をここでも栽培することはできるんですね。これは環境や人間の栄養の観点からも意義があることです。これが、私が大豆に対する情熱を抱き続けている理由です。運転しているときに大豆畑が目に入ると、いつも嬉しくなりますね。

大塚製薬との関係は2008年から始まりました。最初にここを訪問したのは大塚明彦会長でした。ヨーロッパの会社の大豆に関する活動を学ぶため、視察している最中でしたね。ここウィーンの大学でどんなことを行っているのかを知りたくて訪れたようでした。

大塚製薬からここに視察に来られた方もいますし、私も日本に何度も足を運びました。なかには私の先生、そしてときには生徒となってくれた方もいましたし、低アレルギー大豆の開発をサポートしてもらいました。これらの研究が将来の大豆食品の安全性に大きく貢献してくれることを願っています。

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日本 / 海外
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