30代で執行役員になれるわけない。

ほぼ5年間、直行直帰の日々。

「入社した当初は、10年後に支店の企画課長になれていればいいかな、と思っていたんですよね」入社11年目の2008年3月、33歳で大塚製薬の執行役員へと異例の昇進を果たした上田だが、その素顔は驚くほど控えめだった。 これは、30代で初めて執行役員になった男の物語であり、入社してから最初の5年間、会社にはほとんど顔を出さずにほぼ毎日直行直帰していた男の物語だ。 上田は1997年に新卒で大塚製薬に入社。医療機関向けの営業職であるMR(医薬情報担当者)として、札幌支店に配属される。担当エリアは道央~道南。具体的には、美唄市から襟裳岬まで南北180kmにも及ぶ広大なエリアだ。診療所が一カ所だけ、という町も多く、毎朝札幌から出発していると、1日に1~2件しか医療機関をまわれない。そこで、道央~道南担当者は代々「出張組」と呼ばれ、苫小牧市もしくは岩見沢市のビジネスホテルを拠点に営業活動を行うのが通例になっていた。月曜から金曜までホテル住まいをしながら担当エリアを営業車でまわり、札幌の自宅に戻るのは週末だけ。普段はつねに単独行動であり、重要な会議があるとき以外、札幌支店にもあまり顔を見せない。  サボろうと思えば、いくらでもサボれる。だがもちろん、上田はサボらなかった。どの医療機関をどの順でまわるか、毎週自分なりに計画を立て、地道に営業活動を展開していく。派手さはないが、真に自律的であることが求められる生活。そんな日々を上田は5年間続けてきた。ただ漫然と過ごしたわけではない。近い将来、海外勤務ができる部署へ異動することを夢見て、苦手な英会話の勉強も独学で始めていた。転機が訪れたのは2002年4月。社内公募制度により、あこがれの大塚インターナショナルアジア・アラブ(OIAA)事業部への異動が認められたのだ。 執行役員 医薬品事業部 抗結核プロジェクト アジア担当 上田浩司

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