
大豆の花が咲きはじめたら、畑を一度軽く耕すとよい。それによって土の固まりをほぐし、雑草の根を切り、大豆の根を安定させることになるというもの。私たちが頑張りすぎてしまった時、マッサージなどでリフレッシュするのとちょっと似ていますね。
衰えたものが再び息を吹き返すこと。また、煎り豆から花が咲くように、まったく予期していないことが突然起こることのたとえ。予期せぬ「幸運」であれば、ぜひ起こってほしいものですね。
田畑の畦(あぜ)でつくった大豆は、年貢の対象からはずされるということ。ただで手に入ることのたとえ。畦育ちでも、手塩にかけて育てた大豆はきっと立派なはず!
豆腐は、大豆を原料につくられるもの。「小豆から豆腐はつくれない」ことから、ありえないことのたとえ。チャンスがあったら、気軽に使ってみたい言葉ですね。
豆は欲しいが、鬼の手からもらうのは不気味。うまい話の裏には、危険が潜んでいるかもしれないということのたとえ。豆が欲しくなったら、鬼からもらったりせずに「SOYJOY」を買いにお店へ急ぎましょう!
豆を食べるとき、2本の箸を揃えてすくいあげるのは行儀が悪いことから、不作法な箸づかいのことをあらわす。あなたは、美しい箸づかいができていますか?
元々は同じ大豆なのに、大豆を煮るときはまめがらを燃やすことから、仲間内の争いや兄弟が害しあうことをいう。兄弟の理不尽な仕打ちをうらめしく思う気持ちから生まれた言葉。まめがらを燃やさなくていいように、兄弟姉妹みんな仲良くありたいですね。
大切な大豆のまき時を間違えぬよう、昔の人々は色々な頃になぞらえて覚えていました。
地域や時期によって、次のように言われていたそうです。