大塚製薬「認知症ケアスキルアップセミナー」開催レポート

多職種でつなぐ地域の支援力

多職種でつなぐ
地域の支援力

大塚製薬では、認知症の人とそのご家族などが安心して地域で暮らし続けられる社会の実現を目指し、医療・介護に携わる専門職の方々を対象としたスキルアップ支援セミナーを開催しています。 その取り組みの一環として、2025年7月29日、神奈川県横浜市のうしおだ診療所で行われた横浜市鶴見区認知症初期集中支援チーム全体会議の中で、大塚製薬は「認知症ケアスキルアップ支援セミナー」を実施しました。 本記事では、セミナーの概要に加えて、現場の最前線で活躍する方々へのインタビューを通じて、認知症ケアの課題や実感、日々の支援に役立つヒントをお届けします。

つながることで深まる認知症ケア――多職種連携の第一歩

今回のセミナーには、認知症初期集中支援チームをはじめ、介護施設職員、地域包括支援センター職員、行政担当者など、約30名の専門職の方々が参加しました。
認知症ケアにおいては、医療・福祉・行政が連携し、多職種が一体となって支援にあたることが不可欠です。しかし現場では「うまく連携がとれない」「情報共有が難しい」といった悩みが少なくありません。こうした課題に応えるべく、本セミナーでは、円滑な連携を促す工夫や、各専門職への相互理解を目的に、実践的な知識と事例が共有されました。

セミナーは、以下の2つのテーマを柱に構成されました。

(1)神奈川県における認知症初期集中支援チームの多職種連携事例

はじめに紹介されたのは、神奈川県内で実際に成果を上げている認知症初期集中支援チームの取り組みです。医療・福祉・行政それぞれの専門性を活かしながら、認知症の人やそのご家族などの暮らしを地域全体でどのように支えているのか──その連携の体制や工夫が共有されました。「自分の現場でも、できるところから取り入れたい」といった声も聞かれ、多職種ならではの視点から学びが得られる内容となっていました。

(2)BPSDのアセスメントフレームワーク「ABC分析」

続いて紹介されたのは、認知症に伴う行動・心理症状(BPSD)に対応するための「ABC分析」です。これは行動分析学の観点から、「Antecedent(先行事象」「Behavior(行動)」「Consequence(結果)」という3つの要素に着目し、行動の背景を整理するアプローチです。ABC分析を用いることで、問題行動の原因や本人のニーズを理解しやすくなり、再発予防や適切な対応につなげることができます。
参加者からは、「普段の支援を感覚に頼らず、言語化・可視化できる手法として活用したい」「新しいスタッフへの教育にも有効」といった声があがり、現場での定着が期待されました。

現場の声に学ぶ、認知症ケアの実践と可能性

セミナー終了後には、うしおだ診療所に勤務する医師、看護師、作業療法士、精神保健福祉士の4名によるインタビューが行われました。現場での気づきや課題、そして今回得られた学びをどう現場に活かすかについて、それぞれの視点から語っていただきました。

“なぜ?”のヒントが見えてくる ABC分析で深まる理解と支援

──今回のセミナーで紹介された「ABC分析」について、どのような印象を持たれましたか?

清水洋子さん(精神保健福祉士、以下、清水さん):これまで、BPSDで見られる“興奮”などの行動をひと言で片づけてしまうことが多かったのですが、今回のセミナーで、行動の前後にある背景や状況を整理して記録する意識が芽生えました。記録の質が変わることで、チーム内での情報共有もしやすくなると思います。

──現場での教育にも活かせそうでしょうか?

野末浩之先生(医師、以下、野末先生):スライドで紹介された「BPSDのきっかけ(直前の出来事や状況)について」のリストは、原因を見極めるための行動を整理したもので、現場に不慣れな新人スタッフにも非常に分かりやすい内容だと感じました。自らの関わりを振り返る視点が得られるため、職場内の研修ツールとしても積極的に取り入れていきたいですね。

別府敦子さん(作業療法士、以下、別府さん):普段は感覚的に対応していたことが、セミナーを聞いたことで整理されたように感じました。今後は、意識的にABC分析の視点を取り入れながら、より的確な支援につなげていきたいです。

異なる職種の連携を育てる“関係づくり”を

──認知症ケアを行う上で、異なる職種同士の連携について意識していることはありますか?

塩田由紀江さん(看護師、以下、塩田さん):職種が違えば考え方や捉え方は異なりますので、連携とひと口に言っても、なかなか簡単にはいかないところがあります。特に若いスタッフは、他職種の先輩に声をかけづらく感じることが多いと思います。だからこそ、私たちベテランが率先して声をかけるように心がけています。何気ない声かけが、連携の第一歩になると思っています。

野末先生:チームで認知症支援にあたる中で、今も印象に残っている出来事があります。ある認知症の人は当初とても拒否的で、支援を受け入れてくださらなかったのですが、ある日、「庭の夏みかん、持っていきなさい」と訪問していた支援チームの職員に声をかけてくださったのです。それをきっかけに、少しずつ心を開いてくださるようになり、その後の医療支援がスムーズに進むようになりました。本来、支援者が物を受け取ることには慎重になるべきですが、このときは“人と人との関係性”を築く上で大切な場面だったと感じました。形式よりも、信頼の積み重ねが何よりの基盤になるのでしょう。
そもそも認知症ケアにおいて、医師ができるのは診断と処方までです。それ以外の関わり──たとえば日々の変化に気づき、継続的に寄り添う支援──は、今日ここに来てくださっている看護師さんや作業療法士さん、地域包括支援センターの方々など、多職種の皆さんの力に支えられています。連携の大切さを、日々実感していますし、非常に心強く、ありがたい存在です。

「その人らしさ」に寄り添う支援を

──ご本人に寄り添う上で意識していることは?

塩田さん:まずは相手の立場になって考えることです。セミナーのお話にもありましたが、BPSDの症状が出ている方でも、なぜその症状が出ているのか、その原因や背景が見えるようになると対応する側の心づもりも変わると思います。

別府さん:その方がどんなことを大切にしてきたのか、何に喜びを感じてこられたのか。家の中の様子や日常の言葉から読み取るようにしています。たとえば料理が好きな方であれば、おいしい料理の話をして笑い合う時間をつくる。良い感情は記憶に残りやすく、「この人が来てくれてよかった」と思っていただける関係が、安心につながると感じています。

野末先生:良い関係性が続くと、その方にとって支援の場が“おなじみの場所”になっていきます。たとえばデイケアに通っている方であれば、いつの間にか自分がその場の一員であることを、自然に受け入れていきます。たとえスタッフの名前を忘れてしまっても、「こんにちは」「また来たね」といったおなじみの挨拶を交わしてくださる方は少なくありません。
そうした様子を目にするたびに、人は関係性の中で“学び直す力”を持っているのだと感じます。認知症支援の基本は、できる限りその人が住み慣れた地域で、安心して暮らせる時間を延ばしていくこと。あたたかな感情があるからこそ、良い人間関係が育まれ、心から安心してその場に身を置けるようになるのだと思います。

──ご本人だけでなく、ご家族に向けた支援で大切にしていることはありますか?

清水さん:認知症を受け入れることは、ご家族にとってとても難しいことだと思います。「昔の母とは違う」と感じてしまうのは、当然の反応です。だからこそ、“受け入れられない”という気持ちも含めて、一緒に考えることが大切だと思っています。
また、ご本人がご家族のいないところで、ご家族にとっての心の糸口になる発言をすることもあります。普段は憎まれ口をたたいていても、本当は娘さんのことを誇らしく思っている──そうしたエピソードをお伝えすると、娘さんの方がかつての記憶をたどりながら、「今のお母さんの状態」を少しずつ受け入れられるようになることもあります。ご本人の気持ちを大切にしながら、ご家族の心にも丁寧に寄り添っていきたいです。

セミナーに参加して、見えてきたこと

──今回のセミナーで、印象に残ったことや今後に活かしたいと感じた点をお聞かせください。

別府さん:さまざまな視点を整理してもらえたことで、自分の支援を客観的に見直すきっかけになりました。今後の実践に活かしていきたいです。

野末先生:今回は地域包括支援センターの皆さんとも一緒にABC分析を学ぶことができました。共通言語としてチームに根づいていけば、現場の支援の質もさらに高まると思います。

清水さん:記録の書き方ひとつで支援の質が変わることを、改めて実感しました。言葉を丁寧に使いながら、チームでの共有につなげていきたいです。

塩田さん:ABC分析は、“振り返りの視点”として非常に有効だと感じました。BPSDへの対応を考える上でも、「なぜこのような行動が起きたのか」と立ち止まって考える手がかりになると思います。今後の支援に、今回の学びを活かしていきたいですね。

左から塩田さん、清水さん、野末先生、別府さん

大塚製薬では今後も、「認知症ケアを力に」という理念のもと、現場で支援に携わる方々の学びと連携を支える取り組みを続けてまいります。職種や立場を超えて知恵と経験を持ち寄り、ともに認知症の方とそのご家族を支える地域づくりを広げていくこと──私たちはその輪がさらに広がっていくことを心から願っています。