コラム vol.1column

ジェルブレと楽しむ
フランス映画『アメリ』

みなさん、Bonjour!
パリの最新情報をお届けしているフランス在住の2人組、トリコロル・パリです。
フランス映画が大好きな私たちが、お家にいながらフランス気分を楽しめる名作を紹介いたします。
愛すべき映画ばかりで悩みましたが、第1回目は日本でも一大ブームを巻き起こしたあの『アメリ』をピックアップ!
トリコロル・パリ的視点で綴る『アメリ』のお話、ジェルブレのお供に読んでいただけたらうれしいです。

Story

子供の頃から空想好きだったアメリ。ある日、浴室の壁の中から40年前の住人の宝箱を見つけ、かわいい悪戯を仕掛けて持ち主へ返すことに成功。それをきっかけに「まわりの誰かを今より少しだけ幸せにすること」を生き甲斐に、自分のことはさておき、同僚や父親への悪戯に夢中になるアメリ。
不思議な青年ニノと出会い恋してしまうが、アメリは自分の幸せを見つけることができるのか?

いやぁ、それにしても本当に懐かしい。と同時に、渋谷のシネマライズで鑑賞してポスターを買って帰ったのがついこの間のことのよう。なので、この映画が2001年に公開されたと知ってちょっとクラッとしちゃいました。
かれこれ19年前の作品とは。「観た人を幸せにする映画」としてクチコミでじわじわと人気に火が付き本国フランスでロングラン上映。世界各国でも大ヒットを重ねて「国外で最も観られたフランス映画」の記録を樹立。

世界中で「アメリ現象」が巻き起こり、色んなメディアがこぞって特集を組み、ラジオからはヤン・ティルセンのアコーディオンのメロディが流れ、雑誌やテレビもアメリ一色、滅多に「流行りもの」に飛びつかないフランス人ですらアメリのヘアスタイルやファッションを真似していたのだから、その一大旋風の風速は凄まじいものがありました。

アメリが働く「カフェ・デ ・ドゥ・ムーラン」は今もモンマルトル界隈の人気スポット。

もちろん私も、ショートボブにワンピース姿でオー・バカナルのテラスに座り、クレーム・ブリュレのカラメルをスプーンで割りながらアメリ気分に浸っていました。
読んでいる人の中で、仲間はいませんか〜?今考えると冷や汗ものですが、あの頃のアメリは世界中の女の子にとって「おしゃれで可愛いパリジェンヌ」を体現する絶対的なアイコンでした。

体にフィットするワンピースに胸元が大きく開いたトップスを合わせて、可愛いだけじゃない、セクシーさをほのかに漂わせる着こなしがフランス的。そして足もとはバレリーナシューズではなく、あえてメンズライクなゴツいドクターマーチン!ハードなレザージャケットを薄手のワンピに合わせているのも同じく、はずしテクが効いています。
好きなものを自分なりにミックス&マッチできるパリジェンヌの才能には憧れるばかり。頭に巻いた大判スカーフもおしゃれ。今見ても背伸びしない等身大の着こなしが素敵で、また真似したい欲がムクムクと湧いてきます。

耳たぶの下で切り揃えたショートボブも全く古さを感じさせない可愛らしさ。短くカットした厚めの前髪を見た時、ヘップバーンを意識しているに違いない!とピンと来たのですが、映画のラスト、絶対に『ローマの休日』オマージュでしょと思えるシーンがあるので見てみてください。

『アメリ』といえば、登場人物にまつわる「好きなこと、嫌いなこと」のシーンが印象的ですが、改めて観てみると、アメリが良く知る人たちに限られた表現で、ニノや隣人が紹介されないのは、アメリにとって未知の人間であることを示すサインだと気づきます。彼女が好きな「クレーム・ブリュレのカラメルをスプーンで割ること」は、自分の殻を壊すメタファーでもあるし、2度目に「サン・マルタン運河で水切りをする」シーンは、心を落ち着かせ勇気を出してニノと対面しようという決意が感じられます。

単純な人物紹介に留めずストーリーの要としても機能させる、ジュネ監督の細やかな演出が光ります。ちなみに元ネタは1989年の短編映画『僕の好きなこと、嫌いなこと(原題:Foutaises)』。深堀りしたい人はぜひチェックを!

アメリが水切りをしたサン・マルタン運河は散歩におすすめ。

この映画のテーマのひとつである「人と人のつながり」。元軍医の父に心臓が弱いと勘違いされ学校へ通わせてもらえなかったアメリは、その特殊な環境から空想ばかりで上手に人と付き合うのが苦手。そんな彼女が独自に編み出した他者との関わり方が「人を幸せにするかわいい悪戯」だったわけですが、電話やメモで間接的に誘導してまるで奇跡が起こったかのような錯覚を覚えさせる喜びに酔いしれ、その遊びはエスカレートしていきます。
世界各地から届く小人の置物の自撮り写真を気味悪がるパパや、子供時代の宝箱を見つけて涙する男性、手の込んだ仕返しに気が狂わんばかりに恐怖する意地悪な八百屋店主の姿は、確かに痛快で自分が天使にでもなったかのような心地になれるのですが…アメリがニノに恋した瞬間から、虚しさが募っていきます。彼をもっと知りたい、話したい、触れたいという想いが溢れ、アメリは初めて深く悩み、もがきます。

彼女ほど特別な環境で育っていなくても、他人を傷つけ、傷つけられるのが怖い、どんな風にコミュニケーションを取れば良いのか分からないという不安は誰しもが持つ感情。この映画には、カフェの女主人も、家に閉じこもった老人も、夫を事故で亡くした管理人も、かつて傷つき、後悔や悲しみを抱えて孤独に生きている人ばかりが登場します。アメリが踏み出した一歩をきっかけに、不器用ながらも他人と交わり、周りに影響を与えることで自分も変わり、止まっていたそれぞれの人生がそっと動き出す瞬間に感動を覚えます。
簡単ではないけれど、人と繋がるってやっぱり素敵なこと!と思わせてくれる魅力が『アメリ』には溢れています。

サクレ・クール寺院の下にあるメリーゴーランドはパリ随一のインスタ映えスポット。

随所にちりばめられた心にじんわり沁み入り、人生を応援してくれる珠玉のセリフたち…
自分の心に響く言葉を見つけてください。

「人生とは本番の来ない舞台のために続ける終わりなきリハーサルに過ぎない」
とつぶやく売れない作家のイポリト。

意地悪な八百屋店主に向かってアメリが放った
「あなたは野菜にすらなれないわ。だってアーティチョークでさえ心(芯)があるもの」
という痛烈な言葉遊び!

「チャンスはツール・ド・フランスのようなもの。待っている時間は長いのに通り過ぎるのは一瞬だ」
「君の骨はガラスではない、人生に体当たりしても大丈夫さ」
これは、骨が脆く20年間外に出たことがない「ガラス男」ことデュファイエルおじいさんが、臆病なアメリの背中を押すためにかける言葉。自らの人生の後悔をも滲ませるようなセリフ回しにグッと来ます。

物乞いの男が「私は日曜日は働かないので結構です」とお金を恵もうとするアメリを断る一言には、なんとも皮肉屋のフランス人らしいエスプリを感じます。

映画の大切なモチーフとして登場する証明写真!
証明写真コレクターのニノのモデルが実在したというから驚き。

パリを舞台にした映画の中でも、特に『アメリ』はパリジャンの息づかいが聞こえてくるような強いパリ愛を感じさせてくれる一本です。アメリが暮らすモンマルトルは散歩するだけでも楽しい界隈。ロケ地のカフェと八百屋は今も残っていますし、アメリ効果でおしゃれなお店も15年ほど前からぐんと増えました。トリコロル・パリ的には、アメリが水切りするサン・マルタン運河周辺やムッシューが昔の宝箱を受け取ったグルメなムフタール通りもおすすめ。

最後に、ジェルブレをさらに楽しめるヒントをひとつ。ガラス男の部屋で、スペキュロス(ベルギー名物のスパイスの効いたビスケット)とホットワインを振る舞われたアメリが、ごく自然にビスケットをワインに浸して食べる仕草がとってもフランス的!フランスでは、ビスケットやパンを温かい飲み物に浸して食べる人が意外と多いのです。『アメリ』を観ながら、ジェルブレのビスケットをカフェオレや紅茶に浸すフレンチスタイルを楽しんでみてくださいね!

モンマルトルの丘はパリを一望できる気持ちの良いスポット。
階段を使わずに楽に登れるケーブルカーもある。

今回、コラムを書くにあたって見直した『アメリ』。単なるおしゃれ映画として片付けられない、とてつもない魅力に満ち溢れた人生讃歌の映画であることを再認識しました。風変わりな人ばかりだけれど、誰もが思い当たる普遍的なテーマが描かれていて、長い時を経てもその魅力は色褪せることなく、いや、年を重ねた今だからこそ響いてくるセリフやシーンに新たに出会うことができました。19年経っても『観た人を幸せにする』魔法はそのまま。すでに観た人も、当時、あまりのブームとおしゃれすぎるイメージに拒否反応を起こしてスルーしたという人も、このコラムをきっかけに観ていただけたらシアワセです。

フランス流ビスケットの楽しみ方、ご存知でした?

著者情報

トリコロル・パリ

フランス在住の荻野雅代と桜井道子からなるユニット。
サイトや書籍、SNSを通じてパリの最新情報をはじめ、毎日の天気を服装で伝える「お天気カレンダー」など、独自の目線でフランスの素顔を届けている。
NHK出版『まいにちフランス語』他の連載、著書に『曜日別パリ案内』、『パリでしたい100のこと』などがある。

作品情報

原題
Le Fabuleux Destin d’Amélie Poulain
制作年
2001年
監督
ジャン=ピエール・ジュネ
出演
オドレイ・トトゥ、マチュー・カソヴィッツ、ドミニク・ピノン
DVD発売元
ニューセレクト株式会社
価格
¥1,500(税抜) ※2020年2月現在