コラム 暮らしを彩るワンポイント人工知能(AI)研究者・黒川伊保子さんの
女の人生のトリセツ

第9回 
いい女のNOには「主語」がある

否定するときの言い方にこそ、知性とセンスが必要になります。上手に意見を伝えるには、「主語」の存在が大きく関わっていました。

それって、神目線?

日本語のNOは、ひどすぎる。
私は、英語、イタリア語、韓国語を同時並行で習っているのだが(ネーミング=商品の名づけを生業の一つにしているので、多国語のセンスを知っておく必要があるから)、最近、日本語のNOはひどすぎるな、と気がついた。
それは、日本語の習慣のせい。
日本人は、相手の意見を否定するとき、「ダメでしょ」「無理」「違うよね」という言い方をする。主語がないのである。「それって、ダメだよね」と形式上の第三者主語をつけることもあるが、自分を主語にすることはない。
暗黙の主語は、「世間」である。つまり、神目線。主語なしの否定文は、「この世に正解は一つしかなくて、私が正しくて、あなたは間違っている」というニュアンスをつくってしまうのである。

外国語にあるヒント

これに対し、英語のNOは意外に紳士的だ。
英語は主語を省略できない。このため、反対意見を言う時は、「私はそうは思わない」「私には別の考え方がある」「私は無理ではないかと案ずる」という言い方になる。たとえ、親子であっても。
英語のビジネストークでは、基本的に、人の意見の「よいところ」受けをする。「合理的でいいね、でも私にはクールすぎるように感じる」「いいアイデアだね、でも私には実現性が低いんじゃないかなぁと思える」のように。
「どちらの言うことにも一理あるだろうけど、この度にふさわしいほうを話し合って決めよう」というニュアンスが、この話法にはある。
ちなみにイタリア語は主語を省略するけど、述語に格変化があって、ちゃんと一人称表現になる。たとえば、Non capisco(理解できない)は、明確な主語はないが、capiscoが一人称にしか使われないので、「私は理解できない」と言う意味になる。

全否定をやめよう

主語を省略しないNOは、この世の正義を振りかざさず、相手の心根や存在を否定せず、ただ意見の相違だけを率直に伝える。だから、NOを言われた方もショックが少ないし、NOを言うほうも言いやすい。
その昔、「NOと言えない日本人」ということばが流行った。そのタイトルの本がベストセラーになったと記憶している。その際に、この言葉は、日本人の性質(謙虚さ)がゆえんとして語られていたが、私に言わせれば、日本語の構文のせいだと思う。NOがあまりに全否定なので(相手の正義も人間性も否定するので)、目上の人には言いにくい。まぁ、その「目上の人には言いにくい」が、謙虚と言えば言えなくもないけど。その代わり、上司は部下に、親は子に、夫は妻に、妻も夫に、全否定のNOを平気で言う。けど、権力を握っている人がそれを言うのは、ひどすぎない?
第9回 いい女のNOには「主語」がある/人工知能(AI)研究者・黒川伊保子さんの【女の人生のトリセツ】
イラスト・いいあい

NOを言わないNO

NOは、主語を省略しないで言うとスマートだ。「権力をかさに、相手にのしかかった感じ」がしないから。
「違う」「ダメ」「無理」を使わない展開なら、エレガントだ。「たしかに斬新なアイデアだわ。ただ、私は、もっとオーソドックスな方がいいと思う」のように、相手のいいところを褒めて、別の視点を提示するのである。
意見そのものは、まったく受け入れていないのだが、相手は否定された気がしない。「あなたもいい。けど、もっと良くする方向がある」と言われているようで。

美しい人のNO

たとえ親子であっても一緒だ。
主語を省略できる日本語の特性のせいで、日本の親たちは、子どもたちに「無理」「ダメ」「違うでしょ」と断じてきた。英語を使う親たちの「母さんは、そうは思えないの」とか「パパは、きみが傷つくのではないかと心配なんだ」と比較すると、存在あるいは人格を否定するかのような、ひどい言い方である。
やがて、成人した子どもたちに、親たちは同じことをされる。親は、子どもに人格を否定されたような気分になって、腹を立てるのである。「親に向かってそんな口を利くのか」と。いやいや、本来は、子どもに向かっても、言ってはいけなかったのだ。

相手の意見を否定するときは、主語を省略しない。
相手の気持ちや、いいところを受け止める「前段」をつける。
この二つをマスター出来たら、NOを言うのは怖くなくなる。
「あなたの言うことは理解できる。でも、私には、それはできないわ」「あなたの気持ちはよくわかる。でも、私には、別の見方があるの」「前向きなあなたが好きよ。でも、母さんはあなたが心配なの」――家族相手に、そんなエレガントなNOが言える人、美しすぎない?
黒川伊保子
黒川伊保子(くろかわ・いほこ)さん
脳科学・人工知能(AI)研究者。株式会社感性リサーチ代表取締役社長。感性アナリスト。随筆家。奈良女子大学理学部物理学科を卒業後、コンピューターメーカーで人工知能エンジニアとなり、ことばの潜在脳効果の数値化に成功。感性分析の第一人者として、さまざまな業界で新商品名の分析を行った。また、男女の脳の「とっさの使い方」の違いを発見し、その研究結果をもとに著した『妻のトリセツ』『夫のトリセツ』(講談社+α新書)はベストセラーに。新刊『息子のトリセツ』(扶桑社新書)、『家族のトリセツ』(NHK出版新書)、『娘のトリセツ』(小学館新書)も話題。
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