コラム 暮らしを彩るワンポイント人工知能(AI)研究者・黒川伊保子さんの
女の人生のトリセツ

第23回 
大人の習い事

大人になってから習い事を始める人が増えています。向き合い方を心得ておくと、一層楽しめると黒川さんは言います。

大人のダンス

私は19歳のときから31歳まで、競技ダンス(社交ダンスの競技会)の世界にいた。もちろんアマチュアで、大した成績を残したわけじゃないけど、小さなトロフィーをいくつか持っている。妊娠5か月目に競技生活を引退し、18年後、子育て終了と同時に、社交ダンスの世界に戻った。
社交ダンス――今はまだ、大人になってから始める人が圧倒的に多い。最近は、大人のバレエも人気のようで、何人かの友人が、バレエに夢中になっている。音楽に合わせて表現するということ、表現できる身体をコツコツと作り上げるということ。誰かに認められるためじゃない、自分のために踊る。大人になると、そんなふうにダンスと付き合えるから、若いときより、いっそう愛しい感じがする。

進まない習い事

とはいえ、ダンスに限らず、大人になってから習い事を始めると、「若い人のように、すらすらと覚えられない」という悩みを訴える人が多い。でもね、そもそも、大人の習い事で、すらすらと覚えられる必要がある?
私は、51歳のときからイタリア語を習っているが、まったく上達しない。イタリア語を始めて半年目のこと、大学生の息子に「コメ スィ ディーチェ、イン イタリアーノ? 」と聞かれて、「え、なになに?なんていう意味?」と聞き返したら、「これイタリア語で『なんていうの?』という意味だよ」と答える。「え~~~、あんた、イタリア語しゃべれるの!?」と驚く私に、「ハハに教えてもらったんじゃん」と苦笑する息子。私は、驚愕してしまった。それを先生に習ったことも、息子に教えたことも、すっかり忘れている自分に、である。50代の単純記憶力の低さは、本人の想像をはるかに超える。
第23回 大人の習い事/人工知能(AI)研究者・黒川伊保子さんの【女の人生のトリセツ】
イラスト・いいあい

ゆるやかに学ぶ

ちなみに、同い年のイタリア語教室の同級生にその話をしたら、2人とも「絶対に習ってない」と主張したにもかかわらず、私たちのノートには、しっかりとその文が書かれていた。Come si dice in Italiano? 大笑いである。私たちは、イタリア語を習い始めるとき、先生にこう告げた――私たちはイタリア語を楽しみに来ました。何度教えても、私たちはきっと忘れる。けれど、私たちは楽しく繰り返す。私たちは、習った事実も忘れる年代だから。先生は、どうかそれをストレスに思わないで。
それから10年、私たちはまだ初級と中級のはざまにいるけど、イタリアのことはいっそう好きになった。何度も忘れると言ったけど、実は少しずつボキャブラリーは増えている。インスタのイタリア語のお菓子のレシピも、ちゃんとわかる。緩やかな階段を楽しみながら昇る感じ。大人の習い事はそれでいい。

小脳のパッケージ

さて、ダンスの場合。人は、「一連の動作」をするとき、慣れないうちは大脳で考えて動作するが、何度も繰り返して熟練してくると、小脳にパッケージ化されて、ほぼ無意識のうちに自然に流れるように動けるようになる。たとえば、ワルツでは、「ナチュラルターン~スピンターン~プロムナードポジション~ウィーヴ~シャッセ」という一連の動作があるのだけど、44年も踊っていると、何も考えずに、ドアを開けるような自然さで、一連の動作がいつの間にか終わる。これが、小脳のパッケージ化だ。
経験豊富なダンサーたちは、このようなパッケージを山ほど持っていて、その組み合わせで、振り付けを覚えてゆく。だから、3分の振り付けを3時間でマスターできるのだ。そして、若い人たちは、「大脳で考えて踊る」を小脳のパッケージに変えるまでの時間が短いのである。

大人の楽しみ方

大人の習い事では、時間をかけて、パッケージ化していくわけだけど、私は20代に踊っていた頃より、60代の今の速度のほうが好きだ。気の合う(身体の合う)男子と、初めての技を何度も何度も踊っているうちに、自然な流れになっていくのを味わうのが、私は何より好き。初めて、ぴったり合ったときの浮遊するような快感も、ふたりでハイタッチして気分アゲアゲになるあの感じも最高。
子どもたちは、一連の動作をパッケージ化する速度が圧倒的に早い。自分の脳に合った運動なら、ひと目見てすぐに真似ができ、1、2回踊っただけで、パッケージ化されるなんてことも。だから、スラスラと振り付けを覚え、自然に踊れるように見えるわけ。でもね、その代わり、当たり前すぎて、飽きるのも早い。醍醐味なんて、味わえない。
というわけで、「オトナの習い事は、新しい技を、自分の脳が徐々に小脳パッケージ化してゆくのを楽しむ嗜み」と心得て、子どもたちとは、違う楽しみ方をすればいいと思う。結果を急がない、他人と較べない。これがコツである。
黒川伊保子
黒川伊保子(くろかわ・いほこ)さん
脳科学・人工知能(AI)研究者。株式会社感性リサーチ代表取締役社長。感性アナリスト。随筆家。奈良女子大学理学部物理学科を卒業後、コンピューターメーカーで人工知能エンジニアとなり、ことばの潜在脳効果の数値化に成功。感性分析の第一人者として、さまざまな業界で新商品名の分析を行った。また、男女の脳の「とっさの使い方」の違いを発見し、その研究結果をもとに著した家族のトリセツシリーズ(『妻のトリセツ』『夫のトリセツ』『息子のトリセツ』『娘のトリセツ』『家族のトリセツ』)は累計90万部を超えるベストセラーに。『母のトリセツ』(扶桑社新書)『仕事のトリセツ』(時事通信社)『女女問題のトリセツ』(SB新書)に続き、最新刊は『夫婦のトリセツ 決定版』(講談社)。
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