遺伝子からわかる血液がんのこと

血液がん治療の手助けとなる遺伝子検査

血液がんの研究が進む中で、血液がんの種類を診断する際に活用できる遺伝子だけでなく、特定のお薬の治療効果や、予後に影響を与える遺伝子なども発見されるようになりました。見つかった遺伝子異常の情報は、実際に患者さんの治療方針を検討する際に役立てられています。
また、現在こうした遺伝子異常などを標的としたお薬の開発が進んでおり、以前に比べて血液がんの治療は大きく進歩しています。
ここでは、急性骨髄性白血病の治療を例に、遺伝子検査の情報がどのように役立っているかをみていきます。

  • 治療の経過や病気の再発しやすさなどを指す言葉です。

血液がんにおける遺伝子異常に関する情報の有用性

がん細胞の遺伝子の情報 血液がんの原因となる遺伝子異常 診断に活用できる遺伝子異常 予後に影響を与える遺伝子異常など 治療方針の検討 新しいお薬の開発
がん細胞の遺伝子の情報 血液がんの原因となる遺伝子異常 診断に活用できる遺伝子異常 予後に影響を与える遺伝子異常など 治療方針の検討 新しいお薬の開発

急性骨髄性白血病の診断と遺伝子検査

急性骨髄性白血病の診断は、①骨髄における白血病細胞の存在の確認、②白血病細胞が骨髄系の細胞であることの確認、③白血病細胞の染色体・遺伝子の異常の確認によって行われ、その後、急性骨髄性白血病の中でより詳細に分類されます。

急性骨髄性白血病の診断の流れ

1.骨髄における白血病細胞の存在の確認 白血病であることを確認する 2.白血病細胞が骨髄系の細胞であることの確認 急性骨髄性白血病であることを確認する 3.白血病細胞における染色体や遺伝子の異常の確認 急性骨髄性白血病の中で、さらに細かな分類を行う
1.骨髄における白血病細胞の存在の確認 白血病であることを確認する 2.白血病細胞が骨髄系の細胞であることの確認 急性骨髄性白血病であることを確認する 3.白血病細胞における染色体や遺伝子の異常の確認 急性骨髄性白血病の中で、さらに細かな分類を行う

現在、急性骨髄性白血病は、世界保健機構(WHO)分類や国際コンセンサス分類(ICC)によって細かな分類がされていますが、そのうち、染色体や遺伝子の異常に基づく分類は半数以上を占めています。急性骨髄性白血病は以前から染色体や遺伝子の異常に基づいて分類されていましたが、近年、さらに詳しい遺伝子検査が可能になり、より詳細な分類が行われるようになりました。このような遺伝子検査による分類は、患者さんにとって適切な治療方針を選択するための重要な情報となっています。

急性骨髄性白血病の予後と染色体や遺伝子の異常

近年の研究により、急性骨髄性白血病ではさまざまな染色体や遺伝子の異常が認められ、一見同じ病気であっても、患者さんごとに染色体や遺伝子の異常の種類が異なる可能性が高いとわかってきました。そして、遺伝子異常と予後の関係についても明らかになってきています。例えば、急性骨髄性白血病ではFLT3遺伝子の異常がよく認められます。このFLT3遺伝子の異常がある場合、予後が不良であることが知られています。
このように急性骨髄性白血病では、患者さんや病気の状態、染色体や遺伝子の異常の組み合わせから予後を予測し、治療方針を検討する際の指標の一つとしています。

急性骨髄性白血病の予後に影響する因子

一般社団法人 日本血液学会. 造血器腫瘍診療ガイドライン2023年版. 金原出版株式会社; 2023. P11.
より引用

染色体核型は、染色体の構造や見た目を指す言葉です。
【t(8;21)(q22;q22.1)】などのカッコ前の文字は染色体にどのような異常があるかを、カッコ内の文字は異常のある染色体の番号や部位を示しています。

  1. ※1パフォーマンスステータスの略で、患者さんの日常生活の制限の程度を示す全身状態の指標の一つです。
    0~4のスコアで表されます。
    0:全く問題なく活動できる。発病前と同じ日常生活が制限なく行える。
    1:肉体的に激しい活動は制限されるが、歩行可能で、軽作業や座っての作業は行うことができる。 例:軽い家事、事務作業
    2:歩行可能で自分の身の回りのことはすべて可能だが作業はできない。日中の50%以上はベッド外で過ごす。
    3:限られた自分の身の回りのことしかできない。日中の50%以上をベッドか椅子で過ごす。
    4:全く動けない。自分の身の回りのことは全くできない。完全にベッドか椅子で過ごす。
    日本臨床腫瘍研究グループホームページ https://www.jcog.jp/
    Common Toxicity Criteria, Version2.0 Publish Date April 30, 1999
    https://ctep.cancer.gov/protocolDevelopment/electronic_applications/docs/ctcv20_4-30-992.pdf
    (2023年11月閲覧)
  2. ※2新たに発生したがんを指す言葉です(初発ということもあります)。
  3. ※3化学療法や放射線療法を受けたがん患者さんで二次的に発生したがんを指す言葉です(治療関連ということもあります)。
  • t:転座、q:染色体の長腕、p:染色体の短腕、inv:逆位、アレル:対となる染色体の同じ位置に存在する遺伝子(対立遺伝子)

血液がんでは、抗がん剤による治療や造血幹細胞移植など、体への負担が大きい治療が少なくありません。染色体や遺伝子の異常を調べることで、体への負担と治療効果のバランスの取れた、より患者さんに適した治療方針を選択することができます。

急性骨髄性白血病の治療と遺伝子異常

遺伝子検査による情報は、診断や治療効果の予測だけでなく、治療効果の期待できる薬剤の選択にも役立てられています。ここではPML::RARA融合遺伝子、FLT3遺伝子変異に焦点を当て、遺伝子検査の情報によって、急性骨髄性白血病の治療がどのように変化しているのかお伝えします。

急性前骨髄球性白血病の画期的な治療の発見:PML::RARA融合遺伝子

急性骨髄性白血病のうち、急性前骨髄球性白血病では98%の割合でPML::RARA融合遺伝子がみられます。PML::RARA融合遺伝子は15番染色体と17番染色体が入れ替わる(転座する)ことでつくられる融合遺伝子です。

PML::RARA融合遺伝子

急性前骨髄球性白血病では正常な血液細胞の分化が起こらなくなります。この原因となるのが、PML::RARA融合遺伝子から生まれるPML::RARA融合タンパクです。正常なRARA遺伝子から生まれるRARAタンパクは、ビタミンAの一種であるレチノイン酸と結合することで骨髄系の血液細胞を正常に分化させるのに対し、異常なPML::RARA融合タンパクでは正常な分化が起こらず、未成熟な血液細胞が増えることでがん化していきます。

PML::RARA融合遺伝子と急性前骨髄球性白血病

正常な場合 正常な血液細胞がつくられる PML::RARA融合タンパクがある場合 未成熟な血液細胞が増加する

急性前骨髄球性白血病は、白血病の中でも治りにくい病気とされていました。しかし、急性前骨髄球性白血病に関係する遺伝子の研究が進み、PML::RARA融合タンパクに結合して正常な血液細胞の分化を誘導する「全トランス型レチノイン酸(ATRA)」というお薬が使われるようになったことで、飛躍的に治療の効果が上がりました。今では多くの患者さんが寛解に向かう病気となっています。

  • がん細胞が一定量以下に減少し、骨髄や血液中にほとんどみられない状態です。

急性骨髄性白血病治療の変化:FLT3遺伝子変異

急性骨髄性白血病の患者さんの約30%にみられる遺伝子異常として、FLT3遺伝子変異があります。FLT3遺伝子に異常が起こるとそこからつくられるFLT3タンパクに異常が起こり、細胞を増やす命令が絶え間なく出されることで細胞が増え続け、がん化すると考えられています。

FLT3遺伝子と急性骨髄性白血病

正常なFLT3 正常な細胞 異常なFLT3 白血病細胞

また、FLT3遺伝子は急性骨髄性白血病の予後に関係する遺伝子であり、FLT3遺伝子に異常がある患者さんの場合、従来の薬物治療では効果が十分に得られる可能性が低いことに加えて、再発率も高くなることが知られています。そのため、FLT3遺伝子変異の有無は造血幹細胞移植を検討すべきかどうかを判断するための情報の一つとされていました。
近年、FLT3遺伝子に着目して、異常なFLT3タンパクの働きを抑える「FLT3阻害薬」が開発されたことで、十分な効果が得られなかった患者さんにも効果が期待できるお薬が登場し、治療の選択肢が広がっています。

COLUMN
分子標的薬とコンパニオン診断薬

FLT3阻害薬のように、特定の遺伝子異常などを標的としたお薬を分子標的薬といいます。そして、この分子標的薬の効果があり、使用できる患者さんかどうかをあらかじめ検査する診断薬をコンパニオン診断薬といいます。例えば、FLT3阻害薬の場合はコンパニオン診断薬によってFLT3遺伝子変異の有無を調べます。
もしも、コンパニオン診断薬を使ってお薬の標的となる遺伝子異常が見つからなければ、別の治療法が検討されます。

コンパニオン診断と治療方針の決定

コンパニオン診断薬でお薬の標的となる遺伝子異常を検査 標的となる遺伝子異常あり 特定のお薬の効果が期待される 標的となる遺伝子異常なし 別の治療法を検討

コンパニオンは「対となる」「関連する」などの意味を持つ言葉です。お薬とその標的となる遺伝子がセットであることから、コンパニオン診断と呼ばれています。