「若くきれいであり続けることが
正義ではない」世界で支持される
シューメーカーのこだわりと美学

「若くきれいであり続ける
ことが正義ではない」
世界で支持される
シューメーカーの
こだわりと美学

“いい靴を選び、直しながら大切に永く履く”──。そんな文化を広く一般に根付かせた立役者のひとりとして、日本のみならず世界中のファッション好きやレザーマニアから熱烈な支持を受ける「Brass Shoe Co.」代表・松浦稔氏。創業から17年、靴修理の枠を超えて新たな挑戦を続ける松浦氏へのインタビューを通じて見えてきたのは、自分らしさへのこだわりと情熱、そして美学だった。

対談者プロフィール

  • Brass Shoe Co.
    松浦稔

    2007年にシューリペアショップ「Brass Shoe Co.」を設立。オールソール交換からアッパー縫いまで修理の全工程を自社で実施し、そのクオリティの高さから多くのレザーシューズマニアの熱い支持を受ける。2012年、オリジナルブランド「CLINCH」の展開をスタート。無骨ながらもどこかドレッシーな雰囲気漂うレザーシューズは世界中に多くのファンをもち、現在は新規オーダーから入手までに2年かかるといわれている。

モノ作りの家庭に生まれた
自分にとって、
手を動かすことが
自然なことだった

  • UL・OS

    「Brass Shoe Co.」が創業した17年前、“靴の修理”という業態はまだ一般的ではなかったと思います。やはり靴が好きだったからこの仕事を選ぼうと思ったのでしょうか?

  • 松浦

    社会人としての始まりは靴ではなく、理工学部物理学科で大学を出て、最初は上場企業に就職したんです。技術系の現場監督として工事指示をするような仕事をしていたんですが、気付けば職人と一緒に手を動かしているような社員でした。そして、会社勤めをしているうちに「この世界で競争をしても仕方ないな」と感じて、2年半ほどで退社しました。その後、製靴学校に通いましたが、半年ほどしか居付かずに、すぐに靴修理の会社に就職して現場に入ることを選びました。それが22年前です。もともと母親はテーラーや百貨店から依頼を受けてスーツを仕立てる縫製職人でしたし、建設関係の父親も自宅のリノベーションをDIYでやるような人だったので、小さなころからモノ作りをするのが当たり前の環境で育ったのは大きいかもしれません。

  • UL・OS

    企業から職人への転身は大胆な進路変更だったと思いますが、ためらいはありませんでしたか?

  • 松浦

    興味が湧くことで自身の手を動かしたいと思いましたので、ためらいという感覚はまったくありませんでした。当時の日本は靴修理の黎明期で、それまではソール交換も古い靴底を剥がして靴の内側から縫っておしまいという修理が多かった印象です。それが製造時と同じ縫い方でソールを付けるようになり、中底が壊れても修理できるようになったりと、職人と業界全体が試行錯誤しながら競い合って技術を向上させている状況でした。逆にいえば、今よりもいろいろな可能性を秘めた時期であり業界だったといえるかもしれません。

  • UL・OS

    その後、「CLINCH」という名義でシューズブランドを立ち上げますが、なぜオリジナルのブーツを作ろうと思ったんでしょうか?

  • 松浦

    まず「Brass Shoe Co.」は 2007年に靴修理店としてスタートしました。自分たちの手を通過したものが100年残って、またその時代に触れる職人によって、また繋いで……ということができれば、と願っています。
    それは、今作り出している「CLINCH」のシューズにおいてもリペアにおいても同様です。製作と修理は似て非なるものです。順回転と逆回転で同じものを見ています。しかし、見える景色は違うので、求められる知見や技術も違います。「Brass Shoe Co.」ではコンセプトに「【永く残るものを今に残す】engrave to last for next now」を掲げています。それを達成するためには、製作と修理のどちらもができる技術、環境、知見が必要であると考えています。

  • UL・OS

    20万円を超える価格帯の「CLINCH」は世界でもっとも高価なワークブーツのひとつですが、世界中から続々とオーダーが届いていますね。人気の秘密はどこにあると思いますか?

  • 松浦

    自分は、普通の仕事を当たり前にやっているだけです。たとえば、革の仕入れにしても、まとめて注文するのではなく、1枚ずつ確認してピックアップします。裁断の際にも、革のどの部分からどのパーツを取るかを考えながらおこなっています。これらは当たり前のことですが、効率を重視するとなかなか難しくなってきます。もっとも顕著なのは「CLINCH」ではハンドソーンウェルテッドと呼ばれる製法を採用している点かもしれません。ウェルトと呼ばれるパーツの縫い付けは機械でおこなえば1分もかかりませんが、手縫いとなると片足で1時間ほどかかります。これは機械では縫えない抑揚ある形状を形にするためです。だけど、誰もやらなくなったからといって、そのやり方が劣っているわけじゃない。絶滅した生き物が種として劣っていたわけではなく、たまたまその時の環境に適応しなかったからということがあるじゃないですか。靴作りに関しても同じで、僕は効率性や経済への適応という名のもとに途絶えてしまった進化の系統樹の先を探るという感覚で、日々作業しています。
    そういったニッチな試みもSNSなどのおかげもあり、時代が許してくれるようになったのだと思います。

人々を虜にするレザーシューズの
魅力、それは……

  • UL・OS

    レザーはファッションアイテムのなかでも捨てづらいアイテムというか、思い入れがこもりやすいアイテムのように感じます。レザーという素材の魅力はどこにあると思いますか?

  • 松浦

    確かに僕も革ジャンなどは捨てられずに友人にあげたりしますし……なぜでしょうね? もしかしたら、革が生き物の副産物だからなのかな。モノとしては既に代謝しなくなっているけれど、どこかまだ生きているように感じているところがある。よく“革が育つ”っていうじゃないですか。死んでいるから本当に育つわけはないんだけれど、風合いを変えていく様子をつぶさに眺めていると、確かに生きていて育っているように感じますもんね。

  • UL・OS

    高額なブーツを購入するのはお客さんにとっても勇気がいるはずですし、だからこそ永く履きたいものだと思います。永く履き続け、育てていくために必要なお手入れは?

  • 松浦

    手入れをしたいならばすればいいし、逆にまったくしなくてもいいと思います。

  • UL・OS

    え?よく「靴を永く履くためには定期的に靴クリームを塗って……」など、お手入れについてはいろいろといわれますが……。

  • 松浦

    極端な話をすれば、永く履くのが目的ならば、適時に修理すればいくらでも可能ですから。ただ、もし革をひび割れさせたくなければ、たまにオイルを入れたほうがいいですし、つま先がそり返るのがイヤならシューツリーを入れたほうがいい。だけど、革が乾いていたりつま先がそり返っていたりしても、履く本人がその姿を気に入っているならばそれでいい。要は、本人がどんな風に靴を履きたいかということが重要であって、メンテナンスは誰かに言われた通りにやるのではなく、そのブーツが経年変化したときの理想像を自分のなかでイメージしたうえでやればいいと思うんです。

  • UL・OS

    つまりは、自身が考える理想やカッコよさを想像しながら育てていくことが楽しい、と。

  • 松浦

    靴はでき上がった瞬間が完成ではなく、履いてシワができて革の色が変わっていったときに本当の姿が現れるものです。真っ当な仕事で作られたブーツならば、磨き上げて履けば品があるし、ハードに使われて汚れた状態でもカッコよく見えますから。人間の顔も同じで、ある程度の年齢になると笑いジワがあったほうがチャーミングだったりするし、仮に傷が付いても「あのときについた傷だ」と思い出として残るなら、それでいいじゃないですか。無理に新品の状態を保とうとしたり、若くあり続けようとする必要はないと思うんです。

  • UL・OS

    シューズであれば新品の輝きに、人間なら若さにだけ価値があるわけでなく、味のある経年変化が大切ということですね。

  • 松浦

    40歳を過ぎたら男は自分の顔に責任を持てといいますし、靴も時間の経過や履いている人の暮らしぶりが表れてくるものです。その靴と一緒に過ごしてきた思い出を振り返ったり「今はどんな状態かな」と確認する意味で、たまにブラシをかけてあげたりするくらいでもいいかもしれませんね。

  • UL・OS

    お手入れというよりも、まずは鏡で洗顔のついでに自分の肌艶をチェックするような感覚ですね。松浦さん自身はなにかスキンケアをやっていますか?

  • 松浦

    風呂上がりに化粧水をつけたり、出かける前に日焼け止めを塗ったりすることはしています。これといって何か特別に心掛けているわけではなくて、歯磨きをするのと同じような感覚でしています。今日は撮影があるので整えてきましたが、とくに何もなければ、ヒゲも髪も伸ばしっぱなしの状態です(笑)。ただ、ブランドの顔としてメディアに出る機会が増えているので、第三者からの見え方は意識するようになりましたね。とはいえ、装うというよりもエチケットとかマナーみたいな感覚に近いかもしれません。

年齢を重ねた今だからこそ、
次に残すものを作りたい

  • UL・OS

    創業して17年の間に日本の靴業界だけでなく「Brass Shoe Co.」と「CLINCH」にも大きな変化があったと思います。年齢を重ねたからこそ得られた喜びなどはありますか?

  • 松浦

    創業当時は家賃3万円で元駐車場スペースを借りて工房にしました。その小さな工房を出発して同業者様を回って、外注としていただいた靴修理の仕事をするということからスタートしました。創業から3年程経つと、だんだんとお客様が直接来るようになって、修理業で店としてやっていけるようになりました。その頃からオリジナルブーツとして「CLINCH」の試作を始めました。ここ2〜3年の間で、海外からの引き合いが増えて、今はバックオーダーが2年分ほど溜まってしまっている状態になりましたが、ちゃんと知っていただき、ちゃんと伝わるには時間がかかります。スキンケアと一緒で、日常として続けることが大事なんだと思います。表面的には靴を製作して、販売しているのですが、コンセプトやプロダクトに至るフロー、考え方、文化みたいなものを買っていただいていると思ってやっています。最近は徐々にお客様にも伝わっているのかな……それを感じられる機会に恵まれると嬉しく思います。

  • UL・OS

    靴修理とオリジナルブーツの製作という両輪がうまく回っている今、次に目指しているところは?

  • 松浦

    個人としては最終的に靴作りを趣味に戻してしまうのが目標です。今、「Brass Shoe Co.」「CLINCH」と「僕自身」が近い存在としてありますが、2030年には代表職は他者に譲りたいという旨をスタッフや近しい方々には伝えていますので、対外的には僕の存在は少しずつ薄くしていくことになります。そのために、ほかの事業も立ち上げており、適材適所としてスタッフに任せていきたいです。もしそれが実現できれば「CLINCH」はもっと収益性を気にせずに、よりモノ作りを追求できると考えています。

  • UL・OS

    職人のなかには「一生現役で手を動かしていたい」というタイプの人もいますが、松浦さんはいかがですか?

  • 松浦

    僕もそうだと思います。モノ作りを一生続けていたいからこそ、趣味にしたいんじゃないですかね。だから、今はバックオーダーをなくしたくて仕方ないです(笑)。ゆくゆくはでき上がったブーツを見ていただいて、それを気に入った方が買うような形にできるといいですね。

  • 信じた道を歩もう、大切に育てたレザーシューズで。

    レザーシューズも、人も、年を重ねるからこそのカッコよさがある。
    楽しみながら“自分らしさ”を磨き続けて、いつか、理想の自分へ。