Miho Takashima─ 私の“NYメシ”─ Miho Takashima─ 私の“NYメシ”─

食べる、暮らす。 食べる、暮らす。

Miho Takashima

異国で思い出した
故郷の味、肉うどん

Jazzヴォーカリスト/高島みほさん(39歳)

数々の有名作品の舞台に立ち、多くの人に感動を与え続けているJazzヴォーカリストの高島みほさん。幼い頃からピアノ、歌、バレエ、ジャズダンスのトレーニングを積んで音楽に親しんできました。高校卒業後には、ブロードウェイを目指して4年間単身渡米。ニューヨークで送った下積み時代、高島さんを支えた思い出の味は、今でもよく食べるという日本のソウルフードでした。

挑戦の日々だったNY時代、思い出の味は「肉うどん」。

挑戦の日々だったNY時代、思い出の味は「肉うどん」。 挑戦の日々だったNY時代、思い出の味は「肉うどん」。

挑戦の日々だったNY時代、
思い出の味は「肉うどん」。

温かいおつゆに、つるっとしたのどごしの麺。優しい味わいのうどんは日本のソウルフードのひとつですが、そこに甘く煮た牛肉を乗せるのが九州流。佐賀県出身の高島さんにとっても、肉うどんは懐かしい故郷の味です。同時にニューヨークでの挑戦の日々を支えてくれた思い出の味でもあるといいます。高校卒業後、ブロードウェイの舞台に立つことを夢見て単身渡米した高島さん。大好きな故郷の料理を堪能した場所が、アルバイト先の日本料理屋さんでした。「偶然キッチンの方が九州出身で、よくまかないで肉うどんを作ってくれたんです。当時はダンス学校で1日6〜7時間踊り通しだったので、毎日クタクタ。そんな中でも、肉うどんを食べると田舎に帰ってきたようでホッとしましたね」。故郷の味に支えられ、夢に向かって挑戦し続ける日々。高島さんがニューヨークで過ごした4年間は、決して楽な道のりではありませんでした。「ブロードウェイに出演するには世界レベルで戦わなければいけません。大きな舞台を夢見てオーディションを受け、落ちては絶望し、またイチから練習する。この繰り返しで身体も心も強くなっていきましたね」。楽しいことばかりではなかったけれど、「本当に素晴らしい経験だった」と当時を振り返ります。

活躍の幅を広げる現在。子どもの存在がエネルギーに。

活躍の幅を広げる現在。 子どもの存在がエネルギーに。

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活躍の幅を広げる現在。 子どもの存在がエネルギーに。

そんな高島さんの転機となったのが、東京開催のミュージカル『レ・ミゼラブル』のオーディションでした。ニューヨークから応募書類を送り、東京へ。見事合格し、日本へと拠点を移します。その後も『ミス・サイゴン』をはじめ、様々な有名作品の舞台に出演。やがてソロでも歌いたいという気持ちが芽生え、ミュージカルの出演を続けながらジャズクラブでのライブ活動も開始しました。さらに、ヴォーカル講師として若者の育成にも力を入れるようになります。一方、プライベートでは結婚後、38歳のときに元気な男の子を出産しました。
「子どもの存在は今までの私の価値観をガラリと変えました。仕事も“自分のため”ではなく“子どものため”にするようになったと思います。この子の成長はごく自然に私にエネルギーを与えてくれるんです」。新しい家族が増え、一層パワーアップした高島さんは、出産半年後にはヴォーカル講師の仕事を再開。「子どもの存在に加えて、“音楽が好き”という思いも大きな原動力です。この気持はNY時代も家族が増えた今でも変わりません」。ちなみに、今でも好きな料理は変わらないようで…「よく肉うどんを食べています。子どもも好きですし、離乳食と一緒に作れて便利ですね。だしにはこだわってるので、人に出せるうどんですよ」

子どものため、音楽を続けるため変化する体にネイチャーメイド。

子どものため、音楽を続けるため
変化する体にネイチャーメイド。

子どものため、音楽を続けるため変化する体にネイチャーメイド。

子どものため、音楽を続けるため変化する体にネイチャーメイド。 子どものため、音楽を続けるため変化する体にネイチャーメイド。

子どものため、音楽を続けるため 変化する体にネイチャーメイド。

音楽への思い、大好きな故郷の味…確固として変わらないものがある一方、環境や体は日々変化していくもの。「実は出産が超難産で、産後もしばらく疲れがとれず、熱が出て毎日ふらふらしていました」と話す高島さん。体の変化を感じ、さらに健康管理には気を使うようになったそうです。そこでよく手にとるのがネイチャーメイド。「マルチビタミン&ミネラルをベースサプリメントに、女性の健康に大切なビタミンB12を飲んでいます。ツアーにも持っていきますよ。子どもの健康のためには、まず自分が健康であることが大切。それにママが元気に歌う姿を子どもにも見てほしいですしね」。母となり一層音楽に深みがましていくことを信じて、高島さんは今日もまた舞台に立ち続けます。

子どものため、音楽を続けるため変化する体にネイチャーメイド。

子どものため、音楽を続けるため変化する体にネイチャーメイド。

Profile

Profile

高島みほ(たかしま・みほ)/Jazzヴォーカリスト。1964年開催の東京オリンピックでファンファーレを務めたトランペッターの高島良邦を父に持ち、幼い頃から歌、音楽、ダンスのトレーニングを積む。音楽高校に通いながら劇団ひまわりに所属。ラジオ、舞台などで活躍し単身渡米。帰国後も、帝国劇場/日生劇場/ 博多座などで、大型ミュージカルに出演してきた。現在はJazzクラブでの多数ライブの他、JUJUのバックコーラスなども務めている。


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