婦人科の専門医に聞く女性ホルモンとの付き合い方
髙松 潔 先生東京歯科大学市川総合病院 産婦人科 教授
- 1986年
- 慶應義塾大学医学部卒業。ドイツ・ベーリングベルケ社リサーチラボラトリー留学。
- 2007年
- 東京歯科大学市川総合病院産婦人科教授
- 2008年
- 慶應義塾大学医学部客員教授(産婦人科学)兼任。
日本女性医学学会専門医・指導医、同学会副理事長、日本女性心身医学会認定医、同学会理事長など。
そもそも女性ホルモンとは?
妊娠・出産はもちろん、女性の全身の健康にも深く関わるもの。「エストロゲン」と「黄体ホルモン」の2つがあります。
女性ホルモンには、主として卵巣から分泌されるエストロゲンと黄体ホルモンの2つがあります。女性では月経後にエストロゲンが盛んに分泌され、排卵が起きると黄体ホルモン(プロゲステロン)の分泌が増加します。
エストロゲンと黄体ホルモンには、それぞれ主に以下のような働きがあります。
- エストロゲン
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- 子宮内膜を厚くし、妊娠の準備をする
- 乳房の発育などを促し、女性らしい体をつくる
- 血管や骨、関節、脳などを健康に保つ
- コラーゲン産生を促し、肌を美しくする
- 欲情を促す など
- 黄体ホルモン
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- 子宮内膜の柔らかさを維持して妊娠しやすい状態にする
- 水分や栄養素を蓄えて妊娠の維持を支える
- 乳腺を発達させる
- 基礎体温を上げる
- 食欲を高める など
女性ホルモンと月経の関係は?
女性ホルモンは月経の周期に応じて女性ホルモンのレベルが上昇・低下し、心身に様々な影響を及ぼします。
月経周期は「月経期」「卵胞期」「排卵期」「黄体期」という4つの時期に分けられます。
そのうち最も体調が良いのは、月経後の卵胞期です。その後、排卵期を迎えると、お腹が痛くなったり(排卵痛)、出血したり(排卵期出血)することがあります。黄体ホルモンが増加する黄体期には、人によっては、むくみやイライラなどの月経前症候群(PMS)の症状が起こりやすくなります。
女性アスリートにコンディションのよい時期をたずねた調査でも、月経が終わってからの数日間、つまり卵胞期と答えた人が最も多いという結果が出ています。
エストロゲンは年代でも変動しますか?
思春期にエストロゲンレベルが上昇し始め、性成熟期に一定のレベルに達し、更年期には急激に低下していきます。
女性の心身の健康に深く関わるエストロゲンは思春期、初経の直前から増加し始め、月経や乳房の発育などを促します。
その後、10代後半から40歳頃までの間は月経周期によって変動しつつも、エストロゲンは高いレベルで維持されます。性成熟期と呼ばれるこの時期は「妊娠や出産に適した時期」ともいえます。
更年期はエストロゲンのレベルが急激に低下していきます。50歳前後で閉経を迎えた後は、エストロゲンは性成熟期の1割ほどのレベルにまで低下するといわれています。
年代に応じたエストロゲンの変動は、
体調にどのような影響をもたらしますか?
性成熟期には「月経随伴症状」、更年期には「更年期症状」、
老年期には血管や骨に関わる重大な疾患などを引き起こすことがあります。
エストロゲンを知ればこれから起こる健康問題が予測できます
40歳を過ぎるとエストロゲンの量は急激に低下、それにともないさまざまな健康問題が起きます。女性にとって心身に大きな変化が訪れる時期が40~50代なのです。
月経随伴症状
1900年頃までの女性は、一生の間に140〜160回ほどの月経を経験したといわれています。
一方、現代の女性は初経年齢の早まりや出産回数の減少などにより、生涯で450〜480回もの月経を経験するようになっています。
この月経回数の大幅な増加などにより、様々な月経随伴症状に悩まされる女性が増えています。
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月経前症候群(PMS)
月経前に生じる気持ちの落ち込みやイライラ、頭痛などの症状の総称。日本産科婦人科学会による定義では「月経開始の3~10日くらい前から始まる精神的・身体的症状で、月経開始とともに減退ないし消失するもの」とされていて、何らかの症状のある女性を含めれば、月経のある女性のほぼ全員に起きているともいわれています。
精神症状の重症型は「月経前不快気分障害(PMDD)」と呼ばれ、うつ病の範疇です。日頃から抱えている精神科的・身体的な疾患が、月経周期のホルモン変動によって増悪する場合もあります。
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月経困難症
月経に随伴して起こる病的症状のことで、具体的には下腹部痛や頭痛、腰痛、腹部膨満感、吐き気、疲労脱力感、食欲不振、イライラ、下痢、ゆううつなどが挙げられます。特に原因疾患のない「原発性(機能性)月経困難症」と、下に示す子宮筋腫などの器質的な疾患に起因する「続発性(器質性)月経困難症」の2つに大別されます。
子宮内膜症女性では「若いころから月経痛がひどかった」という報告もあるので、放置せずに医療機関に相談されることをおすすめします。
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子宮筋腫
子宮の平滑筋の良性腫瘍です。エストロゲンに反応するため、基本的に閉経後に大きくなることはありません。骨盤内に発生する良性腫瘍の中では最も頻度が高く、小さなものまで含めれば、40歳ごろの女性のほぼ全員にあるという報告もあります。
無症状のこともありますが、腹部膨満感や過多月経、月経痛などの症状が出たり、場合によっては不妊症や不育症の原因となることも。過多月経や月経痛、腹部膨満感などの症状があれば病院を受診されると良いでしょう。
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子宮内膜症
子宮の内側にある子宮内膜、またはそれに似た組織が、本来あるべき場所以外で発生し、発育する病気です。
最も有名なものとして、卵巣に内膜症ができて古い血液が溜まりチョコレートのような黒っぽい内容となる「チョコレート嚢腫」が挙げられます。強い月経痛や下腹部痛、腰痛などを引き起こし、不妊症の原因にもなることも。エストロゲンに反応するため、原則として閉経を迎えた後に悪化することはありません。
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子宮腺筋症
子宮筋の中に子宮内膜に類似した組織ができる病気です。子宮内膜症と同じく、強い月経痛や月経過多などの症状が表れ、不妊症の原因ともなり得ますし、発生場所によっては気胸や下血の原因となります。経産婦の方が患うケースが多いと言われている病気です。
子宮筋腫や子宮内膜症と同様、エストロゲンの影響を受けて病変が拡がり、閉経後には縮小して症状も改善します。
更年期症状
閉経(50歳前後)の前後5年ずつ、合計10年間を更年期といいます。この更年期には、エストロゲンの低下に伴って、心身に様々な不調が表れます。これを更年期症状といい、中でも日常生活に支障を来すものが更年期障害です。
代表的な症状としては、急な発汗やのぼせ、ほてりなどのいわゆる「ホットフラッシュ」があります。また、めまい・不眠・イライラなど精神的な症状、頭痛・肩こり・腰痛・手指の不調など身体的な症状も生じやすくなります。
また、肌のシミ・シワや毛髪の問題など美容上の問題にも悩まされやすくなり、総合的なQOLも悪化します。
老年期に懸念される病気・症状
閉経後の5〜10年は骨量が急激に減少していきます。
これを放置していると、将来の骨粗鬆症や骨折のリスクが高まってしまいます。
脂質異常症についても、虚血性心疾患や脳血管障害などにつながります。
骨量の減少や脂質異常症は自覚症状がないため、知らない間に進行してしまい、気付いた頃にはかなり深刻な状態に陥っているというケースも少なくありません。
より長く健やかな人生を送るために心がけるべきことは?
閉経を「人生のチェックポイント」と捉え、病院で検診を受けましょう。
人生を100年と考えると、50歳前後で迎える閉経は、ちょうど人生の折り返し地点です。その後の長い人生を健やかに過ごすために「更年期障害の有無の確認」、「骨量測定」や「脂質のチェック」などの検診を受けましょう。もし問題が指摘された場合には、必要な治療や生活改善に取り組んでください。
健康上の問題を見逃さず、早めに対処をするためには、信頼できる「かかりつけ医」を持たれると良いでしょう。必要に応じて適切な医療機関や専門医を紹介してくださるはずですから、婦人科でも内科でも何科でも構わないと思います。気付いたことがあれば、すぐ医療にアクセスできる環境をつくっておくってことが重要です。
一方、ご自身でできる対策としては40歳代から健康的な食生活の確立、運動の習慣をつくることをおすすめします。定年した後のご主人やお友達と一緒に楽しめる趣味が持てれば理想的でしょう。また、近年、エストロゲン様作用をもつとしてエクオールという成分が注目されていますので、医師と相談して、サプリメントなどを活用するのもよいでしょう。