コラム 暮らしを彩るワンポイント人工知能(AI)研究者・黒川伊保子さんの
女の人生のトリセツ

第12回 
いい女は落ち込まない

自分を責めたり、人を羨んだり。ネガティブな気持ちに支配されない人生論がここにあります。

落ち込まない理由

落ち込んだときの立ち直り方を教えてほしい。
脳の専門家として、ときどき受ける質問である。
実は私、「落ち込む」の意味がよくわからない。だから、この質問に応えることができない。
嫌なことがあったら、そうしないで済む方法を探すことに夢中になる。
理不尽なことで叱られたら、どうすればこの人の意図に沿えたのか、興味津々で考える。あるいは、「どういう脳なんだろう?どうしたら、世の中がこんなふうに歪んで見えるの?」と脳神経回路の特性を見抜こうとしたり、「まさか、私のほうが歪んでるってことはない?」と視点をひっくり返したりするのに忙しい。
何かが思い通りに行かなかったら、「思い」が悪かったのか、「やり方」がまずかったのかを分析して、どうしたら思い通りになるかの戦略を練ることに忙しい。
何度やってもできなかったら、その方法は自分に合っていないのだから、別の方法を探す。
何度も同じ失敗を繰り返すのなら、システムを見直す。たとえば、コップの置き方が悪ければ、何度でも倒すでしょう? 何度も同じ失敗を繰り返すのなら、必ず「失敗を誘導する仕組み」が見つかる。
私にとって、「うまく行かないこと」は、「思考の遊び」と「発見」の糸口に他ならなくて興味津々、脳がフル活動してしまう。落ち込んでいる暇なんか、どこにもない。

人はなぜ羨むのか

素敵な人に出逢ったときも、「羨ましくて、そうでない自分に落ち込む」ということもない。満開の桜の木に出逢ったときのように、ただただ嬉しいだけだ。桜と自分が関係ないように、美人や才能あふれる人と自分も関係ないから。
羨ましくて落ち込む人は、自分にもそのチャンスがあったのに、と思うからでは?
絵を描く才能がある人は、他人の鮮烈な才能に打ちのめされるのかもしれないが、私にはその才能がないから、素晴らしい絵には、ただただ純粋に感動できる。
同じように、美人は、自分よりきれいな人に打ちのめされるのかもしれないが、私は、まったく違う場所にいる。美しいから愛されたりお金をもらっているわけじゃないから、おかげさまで、「美」を楽しむ側にいる。美人、大好物。

祖母の助言

はるか昔、大学生だった私に、ダンスのプロにならないかという誘いがあった。
競技ダンスのコーチに誘われたのだ。当時、なによりダンスが好きで(今もだけど)、体力と根性があって、当時の日本人女性としては背が高い方だったので(165センチ)、そんな話が降ってわいたのだろう。コーチが私と組ませようとした男子は、英国留学を目前にカップルを解消して、とりあえずの相手を探していたのである。
私は、祖母に相談してみた。祖母は、「あなたは、この世で一番、ダンスが好き?」と尋ねた。私が迷いなく「うん、そう」と応えると、祖母は「じゃあ、止めておきなさい」と言った。
祖母曰く――この世で一番好きなものは、商売にしてはいけない。純粋に楽しめなくなるから。嫉妬したり、がまんしたりしなければいけなくなって、いつの日か、ダンスを憎む日が来るかもしれない。純粋に楽しめるものは、人生の宝だから、そうっとしておきなさい。
今振り返っても、素敵なアドバイスだった。
その日から40年。私は、ダンサーたちの才能を純粋に120%楽しんで(ダンスショーで感動してよく泣く)、自分自身のダンススタイルも確立して、それを精進し続けている。そして、あの日の何千倍も、ますますダンスを愛しているもの。
見せびらかしたいような脚も持たず、若くもなく、鮮烈な才能に溢れているわけでもないが、そのすべてを持つ人に会っても、自分を哀れに思うことがない。祖母のおかげで、私はダンスを楽しむことに専念できている。
第12回 いい女は落ち込まない/人工知能(AI)研究者・黒川伊保子さんの【女の人生のトリセツ】
イラスト・いいあい

北風の道と太陽の道

祖母が教えてくれたのは、人生は自分自身が楽しむもので、自分を証明するためにあるのではないってこと。
楽しみのネタを、自己証明のタネにしてしまうと、勿体ない。
誰かに褒められたり、素敵と言われるために生きて、思い通りに行けばいいけど、思い通りに行かなくて落ち込む、ねぎらってくれない家族に絶望する、なんてことが続くのなら、自己証明のために生きるのを止めたらいい。
憧れは、「見て、感じて、味わう」ためにあるもので、自分がそうなるためにあるものじゃない。そう決めたとたんに、人生は生きやすくなり、世間は優しくなり、暮らしは楽しくなるよ。
ヒトの脳には、「自分を楽しんでくれる人」を誰よりも好ましく感じる性質がある。他者の才能を楽しめる人は、結局一番愛される人なのである。
美しいことや正しいことで誰かを黙らせようと思って生きるのは「北風」の道。美しい人や正しい人を称賛しながら生きるのは「太陽」の道。ほんとです。
黒川伊保子
黒川伊保子(くろかわ・いほこ)さん
脳科学・人工知能(AI)研究者。株式会社感性リサーチ代表取締役社長。感性アナリスト。随筆家。奈良女子大学理学部物理学科を卒業後、コンピューターメーカーで人工知能エンジニアとなり、ことばの潜在脳効果の数値化に成功。感性分析の第一人者として、さまざまな業界で新商品名の分析を行った。また、男女の脳の「とっさの使い方」の違いを発見し、その研究結果をもとに著した家族のトリセツシリーズ(『妻のトリセツ』『夫のトリセツ』『息子のトリセツ』『娘のトリセツ』『家族のトリセツ』)は累計90万部を超えるベストセラーに。2021年11月には『母のトリセツ』(扶桑社新書)を刊行。母の「言わんでもいいこと」「余計なお世話」を優しく止める秘術。最新刊、『仕事のトリセツ』(時事通信社)も話題。
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