髪は、ほとんど顔。
年齢を重ねるほどに「顔より髪」。明らかに髪は顔より重要になってくる。40代より50代、50代より60代と、まさに年齢を重ねるにつれ、髪さえ美しく整っていれば、ちゃんと美しく見えるという仕組みがあると言ってもよく、そういう意味では、髪はほとんど顔。私はずっとそう訴えてきた。
「馬子にも衣装」は言うまでもなく「どんな人間でも衣装を整えれば立派に見える」という意味だけれども、そういうことって確かにあって、幾つになっても髪型さえ整えれば誰だって端正に美しく見えると言い切れる。
逆に言えば、そういう意味で髪型で損している人が実は世のなか山ほどいるってこと。あと少し髪型に気を使えば、もっともっと美しく生き生き、そして輝いて見えるのに。
いや、実は最も似合う髪型は他にあるのに、頑なに一つの髪型を守りぬき、自分のベストに出会わないまま年齢を重ねてしまうこともあって、それはまさに人生レベルの損をしていると言わざるを得ない。だからいっそ訴えたいのだ。思い切って髪型を変えません?と。
髪型を変えるというのは、ある程度の覚悟を決めて美容室に行くことを意味し、ある意味プロの手に全てを委ねなければいけないというリスクがあるのは確かだけれど、でも新しい髪型との出会いは、自分でも気づいていなかった思いがけない魅力の発見になるかもしれない。
ましてやプロの手にかかれば、髪型は最低でもトレンドがちゃんと入った完成度の高い整った髪型になる。それだけでも、人が絶対に美しく見えるのは間違いないのだから。
そういう意味では、人生のうちに何度かでも思い切って髪型を変える時があってもいいと思う。女優やアイドル、モデルでさえ、長い髪をバッサリ切っただけで、いきなり大ブレイクし、仕事を劇的に増やした人が今まで何人いたことか。
それは年齢を問わず、髪型がほとんど顔であることを物語るとともに、その人の印象をとことん変えてしまうことでもある。
しかも不思議なことに、似合う似合わないを超え、髪型を劇的に変えて不評を食らうと言う人はあまりいない。例えば何としても長い髪が好きという男性が、妻が髪を切ったことにネガティブな意見しか言わない、みたいなことはあるけれど、多くの場合、本当に不思議なことに髪型を変えるのは改めて好感度を高める鍵になる。
ましてや、多くの場合、「なんだか若返ったね」と言われる。髪を切っても、パーマをかけても、ストレートにしても。それは、どんな変化であれ、印象がリフレッシュされたことによる率直な感想なのだろう。新しい顔を持つことで、それが生き生き感や若々しさに見えることがあると言う証。非常に面白い現象だし、これは絶対に利用すべき。だからしょっちゅう髪型を変えている人はなんだか老けていかないと言われるのだ。
ちなみに、髪型をドラスティックに変える場合、髪をバッサリ切るのが基本になるけれど、パーマヘアをストレートにしてみたり、もちろん逆もあり。同じようなショートもモード感満載のクールな髪型にすると言うのもあり。最近では、オシャレウィッグを利用する人も増えており、髪型を変えることがより気軽になっている気がする。
今はAIなどでも、別の髪型にチェンジするシミュレーションができてたりしてしまうので、そうした事前チェックもできることだし、ぜひ積極的に髪型変化に挑んでみて欲しい。
また髪色を劇的に変えるという方法も今は正しい選択肢のひとつ。髪色に対する認識は10年前と大きく変わった。いやもう20年前とは全く違う国にいるくらいの変化。
今時は若き大学教授が金髪であるような世の中。むしろそうしたチャレンジは、意識が高くこだわりが強いことの表れで、昔のような偏見はゼロになった。だから、年齢に関係なく今まで黒髪を守ってきた人がいきなり金髪になるようなこともあっていいと思う。
それも、髪型や髪色を変えると、日常的に会っている人をも改めてハッとさせるほど、存在感を高めることになるから。今一度自分の魅力をアピールする良いきっかけになるはずなのだ。
髪の素敵は、その人自身の素敵。髪の洗練は、その人自身の洗練。自分をリフレッシュしたいなら、また気分がモヤモヤしていたら、髪型を変えよう。髪色を変えよう。フレッシュな自分が戻ってきて、自分の印象自体も生まれ変わるはずだから。
女性誌編集者を経て独立。女性誌において多数の連載エッセイを持つ他、美容記事の企画、化粧品の開発・アドバイザーなど幅広く活躍。『Yahoo!ニュースエキスパート』でコラムを執筆中。『大人の女よ!清潔感を纏いなさい』(集英社文庫)他、『年齢革命 閉経からが人生だ!』(文藝春秋刊)など著書多数。