コラム 暮らしを彩るワンポイント人工知能(AI)研究者・黒川伊保子さんの
女の人生のトリセツ

第8回 
ポジティブ・キャンペーン作戦

しっかり説明したはずなのにわかってくれない。相談しただけで怒られた。そんな経験はありませんか。実は、ちゃんと伝わる話し方があるのです。

理解しない男性上司

数年前のこと。とある県で、女性管理職のためのシンポジウムがあり、基調講演に呼んでいただいた。講演の後、いくつかの分科会に分かれてディスカッションが始まった。そのうちの一つに「上司はなぜわかってくれないのか」という素敵なテーマがあったので覗いてみると、ある女性が、男性上司の無理解を訴えていた。
曰く、彼女の開発チームに不測の事態が続いた。顧客からの要件変更が相次いだのだ。一つひとつは対応できないことじゃなかったが、担当者ごとに受けたそれが偶然重なって、動きが取れなくなった。さらにインフルエンザが流行って、病欠者も相次ぐ。彼女は、こうなったら「来月の目標を下方修正して、チームを立て直そう」と決心するのである。
それしか選択肢はなかったのだろう、私も英断だと感じた。
しかしながら、彼女がそれを上司に相談しに行くと、その上司は、次々と彼女の「悪かったところ」をあげつらい責めてくるので、彼女は、とうとう何も言えずに、ただ叱られて、その場を去ったのだという。
その話を聴いていた参加者たちは口々に彼女に同情し、男性上司をなじる発言が相次いだ。皆、同じような経験があるという。
そして、とうとう、マイクは私に回された。「黒川先生、どう思われますか?」
ふぅ、と私は、ため息をついた。
私も、かつて製造業の中間管理職だったので、彼女の気持ちはとてもよくわかる。しかしながら、ここは研究者として、真実を告げなければならない。「彼は、まったく悪くない。残念ながら、100%あなたが悪い」と。

相性の悪い対話

この世の対話には、二種類ある。
感情を基軸にして、プロセスを語る「プロセス指向共感型」と、事実確認を基軸にして、問題解決を急ぐ「ゴール指向問題解決型」である。
前者は、プロセス(ことのいきさつ)を語ることで、互いの脳にそのプロセスを再体験させ、「深い気づき」や「しみじみとした納得」を創り出そうとする対話方式だ。この対話は、共感しながら話を聴いてもらわないと成立しない。
後者は、危険な現場で命を守るために進化してきた話法で、「感情」と「主観」は排除して、客観的事実だけを取り出し、すばやく問題点を指摘し合うことを旨としている。
もうお気づきであろう。この二種類の対話は、めちゃくちゃ相性が悪い。
片や、「しみじみとした共通感覚」を生み出すために、感情を交えて、プロセスを切々と語るのである。なのに、もう片方は、ゴールを急ぎ、感情を無視して、相手の話の中から勝手にゴールを切り出して、問題解決を試みる。
共感が不可欠な相手に、問題点の指摘を連打してくる、という構図が出来上がってしまうのだ。

ビジネストークは結論から

この度のケースは、まさにこれ。
つまり、女性リーダーが、「あんなことがあって、こんなことがあって」とプロセスを語ろうとしたのに対し、男性上司は、「あんなことがあって」を解決するのが今回のゴールかと思って、「それはこうするべきだったね」とアドバイスを打ち込んできたのである。続いて、「こんなことがあって」にも同様のことをする。
最初にゴールを明らかにしないから、相手がどんどんボールを打ち込んできて、ぼこぼこにされてしまったわけ。
悪いのは、ゴール(結論、目的)を示さなかった女性リーダーの方。男性上司は、自分の仕事を真摯に全うしたのみである。

ビジネストークは、なにがあっても結論から言わなければならない。
この場合は、「来月の目標を下方修正します」と最初に言わなければならなかった。
第8回 ポジティブ・キャンペーン作戦/人工知能(AI)研究者・黒川伊保子さんの【女の人生のトリセツ】
イラスト・いいあい

前ふりでポジティブ変換

とはいえ、こんな身も蓋もないことからいきなり言えないわ、という方。
大丈夫、いい作戦がある。ポジティブなキャッチフレーズをつけるのである。私なら、こんなとき、「チームの意欲向上と顧客満足度向上のために、来月の目標をいったん下方修正しますね」と宣言する。 そうしたら、上司の方から、何があったんだ?と聞いてくれるので、思う存分、ことの経緯を語れる。
私はプライベートでもこれをする。「家族全員の幸せのために、母さん、今日は洗い物しないね。なんだかイライラしてるから、洗い物までしたら、爆発しちゃうかも」とかね。家族全員が「いいよ、いいよ、やっとくから」「全部やらせてごめんね」とか言ってくれる(微笑)。
愚痴を並べ立てるより、ずっと効果的。ネガティブな提案は、ポジティブなキャッチフレーズでどこまでも前向きにしちゃうという作戦。女の人生を、感情の泥沼から救います。お試しあれ。
黒川伊保子
黒川伊保子(くろかわ・いほこ)さん
脳科学・人工知能(AI)研究者。株式会社感性リサーチ代表取締役社長。感性アナリスト。随筆家。奈良女子大学理学部物理学科を卒業後、コンピューターメーカーで人工知能エンジニアとなり、ことばの潜在脳効果の数値化に成功。感性分析の第一人者として、さまざまな業界で新商品名の分析を行った。また、男女の脳の「とっさの使い方」の違いを発見し、その研究結果をもとに著した『妻のトリセツ』『夫のトリセツ』(講談社+α新書)はベストセラーに。新刊『息子のトリセツ』(扶桑社新書)、『家族のトリセツ』(NHK出版新書)、『娘のトリセツ』(小学館新書)も話題。
Share
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • LINEで送る
美しく生きるヒントがきっとある

コラム記事

取り扱い先

取り扱い先を調べる

公式通販サイト

ご購入はこちら