コラム 暮らしを彩るワンポイント歌人・高田ほのかさんの
【あなたと私のための短歌】

第2回 
祖母のりんご

歌人・高田ほのかさんの連載第2回。りんごを見るたびに、誰の心にもある懐かしい思い出がよみがえります。

吐ききると自然に吸うよ、
老木に実るりんごのあかるい拍動
高田ほのか

1枚の絵

予後検査のために通う乳がん専門クリニックには、待合室の隅にりんごの老木の絵画がかけられている。こぢんまりしたクリニックには少々ちぐはぐな、横80センチほどのおおきな絵。いつも、絵をちらっと確かめつつ診察券を入れ、絵の真向いの長椅子に腰をおろす。あらためて絵を眺め、目をとじる。そして、まぶたに老木をうかべながら思う。
「ああ、この心もとない気持ちを見守ってくれるあかるさは、長野の祖母と似ている」
小学校から大学にあがるまでの8年間ほど、祖母とわたしは月2回ほどのペースで手紙を送りあっていた。わたしは月刊誌「りぼん」や「別冊マーガレット」の付録のレターセットに長野県諏訪郡原村と記し、学校での出来事や愛犬チャッピーのことなどを気ままに書き連ね、ときにはリリアンでつくった下手なミサンガや、友達と撮ったプリクラを入れたりした。祖母は祖父の様子や四季折々の野の花、「四つ葉を見つけました」という文字の横に、セロハンテープでおおきなクローバーがとめられていたこともある。そうして11月になると、決まってりんごを送ってくれた。足腰がおぼつかなくなってからも、富士見の郵便局まで手押し車を引いてくれていたらしい。
第2回 祖母のりんご/歌人・高田ほのかさんの【あなたと私のための短歌】
イラスト・小沢真理

冬のお守り

「今年もおおきいね」といいながら母がペティナイフで切り分けてくれる。そのみずみずしい果肉のまん中には、かならず飴色の蜜が入っていた。セーラー服を風がはためかせるころに届く真っ赤な玉。それは、まもなく訪れる厳しい冬を受け入れるためのお守りだった。
昨年、祖母は92歳で亡くなった。訃報を受けて信州の自宅に赴くと、寝室の壁には籐の籠に盛られたりんごの油絵が掛けられていた。すっかり忘れていたが、それは美術部だった中学生のころ、祖母へ送ったものだった。
3年前に乳がんを患い、半年間クリニックに入院した。背中に死がぴったり貼りついた時間のなかにいて、毎日飽きもせず、待合の隅にかけられた絵画を眺めていた。
わたしはきっと、その老木に祖母を見ていたのだ。8年書き続けた原村の住所は、いまもわたしのなかに赤々と実っている。
高田ほのか
高田ほのか(たかだ・ほのか)さん
大阪出身、在住。関西学院大学文学部心理学科卒。2010年より短歌教室「ひつじ」主宰。「未来短歌会」所属。テレビ大阪放送審議会委員。さかい利晶の杜(千利休・与謝野晶子のミュージアム)に短歌パネル常設展示。小学校、大学から企業まで幅広く講演・講義を行い、現在まで短歌の魅力を1万人以上の参加者に伝えている。短歌教室「ひつじ」は、2020年よりオンライン教室を開催。NHK「あさイチ」、関西テレビ「報道ランナー」、女性誌などから取材を受ける。関西を拠点に尽力する社長にインタビューし、その“原点”を「短歌で見つける経営者の心」と題するコラムにしており(産経新聞社)、大阪万博が開催される2025年に100社、100首を完成させ、歌集の出版と展示会を開催予定。著書に『ライナスの毛布』増補新装版(書肆侃侃房)。監修書に『基礎からわかるはじめての短歌』(メイツ出版)。
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