第16回
「カッコイイ」を判断基準にしてみる
いつも「言われっぱなし」で悔しい、つらい。感情的にならずにうまく立ち回る方法を、黒川さんが伝授します。
言われキャラ
先日、こんな質問を受けた。「頭ごなしで、聞く耳持たない上司がいます。こういう上司との距離を、どうやって縮めたらいいのでしょうか?」人間関係の距離感。ときどき聞くことばだけど、実は、私には、さっぱりわからない。おそらく、「距離があるから、言いたいことが言えない」とか「距離が近いから、言いたいことを言える」とか、「言いたいことの言いやすさ」問題なのだろうということくらいはわかるのだけど。
そもそも私には、「言いたいことを言う」という感覚が、実はよくわからない。幼いころから、とっさに「自分の言いたいこと」を自覚できないのだ。なので、それがすばやく浮かんでくる友だちに「言いたいことを言われる」というのが、私の子どもの頃の会話の基本形だった。
今でも「同世代の女3人で話す」ときは、けっこうやられる。私は、自分でも感心するほど寒さに強いのだが(私が「一年中、この温度だったらいいな」と思った日の最高気温は5度だった)、暑さにはめっきり弱い。春なのに夏の気温、なんていう日には、汗だくですごしている。いつだったか、そんな「春なのに夏」の日に、待ち合わせの場所に小走りで駆け付けたら、汗がどっと出てきた。それを見た友人Aが「代謝がよくていいわね」と言ったら、すかさず友人Bが「あらホットフラッシュよ。そういう年齢なの。私もひどくて……」と更年期障害トークに突入してしまった。
ん? これがホットフラッシュなら、私は10代からホットフラッシュを経験し続けているってことになってしまう。「いや、そうじゃなくて」と言おうとしたときには、友人ABは、「更年期障害の私」を心配して、いろいろアドバイスを繰り出し始めていた。2人が楽しそうなので、私はそのままにしておいた。
そう、私には、「距離が近いほうが、言いたいことを言うタイミングを逸する」経験のほうが圧倒的に多くて、「距離を縮めたい」の語意に混乱するのである。
そもそも私には、「言いたいことを言う」という感覚が、実はよくわからない。幼いころから、とっさに「自分の言いたいこと」を自覚できないのだ。なので、それがすばやく浮かんでくる友だちに「言いたいことを言われる」というのが、私の子どもの頃の会話の基本形だった。
今でも「同世代の女3人で話す」ときは、けっこうやられる。私は、自分でも感心するほど寒さに強いのだが(私が「一年中、この温度だったらいいな」と思った日の最高気温は5度だった)、暑さにはめっきり弱い。春なのに夏の気温、なんていう日には、汗だくですごしている。いつだったか、そんな「春なのに夏」の日に、待ち合わせの場所に小走りで駆け付けたら、汗がどっと出てきた。それを見た友人Aが「代謝がよくていいわね」と言ったら、すかさず友人Bが「あらホットフラッシュよ。そういう年齢なの。私もひどくて……」と更年期障害トークに突入してしまった。
ん? これがホットフラッシュなら、私は10代からホットフラッシュを経験し続けているってことになってしまう。「いや、そうじゃなくて」と言おうとしたときには、友人ABは、「更年期障害の私」を心配して、いろいろアドバイスを繰り出し始めていた。2人が楽しそうなので、私はそのままにしておいた。
そう、私には、「距離が近いほうが、言いたいことを言うタイミングを逸する」経験のほうが圧倒的に多くて、「距離を縮めたい」の語意に混乱するのである。
言いたいことを言うのではなく、言うべきことを言う
なので、冒頭の質問にも、一応確認を入れた。「あなたの言う『距離を縮めたい』とは、『親しくなって、言いたいことを言い合える関係になる』ということですね」と。続けて、こう回答した。――言いたいことを言える関係なんて、職場には要らないです。職場は、言いたいこと言う場所じゃなくて、言うべきことを言う場所だから。そもそも、言いたいことを言い合える関係になっちゃったら、向こうも言ってきて、収拾がつかないですよ。
「頭ごなしのコミュニケーション」へのNOは、言うべきことです。上司にとって「自明の理」なのに、それを部下が知らないのは組織の損失だから。そして、部下にとっては、明らかに学習機会の損失です。となれば、納得いくまで説明してもらうべき。
「おっしゃることが、どうにもよくわからなくて。解説していただけないでしょうか」と食い下がるべきです。「部長にとって当たり前のことを、私も当たり前だと思えるようになりたい。いい部下になりたいのです」
頭ごなしに言われたことに傷ついて、そのことを止めてほしいという感情論では、この問題は解決できません。実際、この論法で食い下がると、「こちらの提案をテキトーにあしらっていた上司」はけっこう白旗をあげます。納得のいく説明ができないので、しどろもどろになって、「あ~、きみの言うことも一理あるな」なんて言っちゃって。
「頭ごなしのコミュニケーション」へのNOは、言うべきことです。上司にとって「自明の理」なのに、それを部下が知らないのは組織の損失だから。そして、部下にとっては、明らかに学習機会の損失です。となれば、納得いくまで説明してもらうべき。
「おっしゃることが、どうにもよくわからなくて。解説していただけないでしょうか」と食い下がるべきです。「部長にとって当たり前のことを、私も当たり前だと思えるようになりたい。いい部下になりたいのです」
頭ごなしに言われたことに傷ついて、そのことを止めてほしいという感情論では、この問題は解決できません。実際、この論法で食い下がると、「こちらの提案をテキトーにあしらっていた上司」はけっこう白旗をあげます。納得のいく説明ができないので、しどろもどろになって、「あ~、きみの言うことも一理あるな」なんて言っちゃって。
イラスト・いいあい
カッコイイか、カッコ悪いか
言いたいことを言い合える関係になれば、「自分の気持ち」を聞いてもらえる。「ひどいじゃないですか、部長。僕だって頑張ったのに」とか。それが、人々が距離を縮めたい理由なのだろう。けど、それって意味があるのだろうか。こんなこと言ったって、頭ごなしのコミュニケーションをする人は止めやしない。
距離があろうとなかろうと、「組織の利益」のために、「頭ごなし」を止めていただく。それでいいのでは?
上司のコミュニケーションセンスが悪いと騒ぐのは、「自分のための感情論」になり、プロとしてカッコ悪い。自分の理解力不足のせいにして、「組織のために」言うべきことを言うのはカッコイイ。距離なんかどうでもいい。ビジネストークは、カッコイイか、カッコ悪いかの二択のような気がしてならない。
距離があろうとなかろうと、「組織の利益」のために、「頭ごなし」を止めていただく。それでいいのでは?
上司のコミュニケーションセンスが悪いと騒ぐのは、「自分のための感情論」になり、プロとしてカッコ悪い。自分の理解力不足のせいにして、「組織のために」言うべきことを言うのはカッコイイ。距離なんかどうでもいい。ビジネストークは、カッコイイか、カッコ悪いかの二択のような気がしてならない。
黒川伊保子(くろかわ・いほこ)さん
脳科学・人工知能(AI)研究者。株式会社感性リサーチ代表取締役社長。感性アナリスト。随筆家。奈良女子大学理学部物理学科を卒業後、コンピューターメーカーで人工知能エンジニアとなり、ことばの潜在脳効果の数値化に成功。感性分析の第一人者として、さまざまな業界で新商品名の分析を行った。また、男女の脳の「とっさの使い方」の違いを発見し、その研究結果をもとに著した家族のトリセツシリーズ(『妻のトリセツ』『夫のトリセツ』『息子のトリセツ』『娘のトリセツ』『家族のトリセツ』)は累計90万部を超えるベストセラーに。2021年11月には『母のトリセツ』(扶桑社新書)を刊行。母の「言わんでもいいこと」「余計なお世話」を優しく止める秘術。最新刊、『仕事のトリセツ』(時事通信社)も話題。