コラム 暮らしを彩るワンポイント歌人・高田ほのかさんの
【あなたと私のための短歌】

第3回 
オレンジ風船

あざやかな色を通してよみがえる、幼いころの記憶がありました。

しんきろう 小さく跳ねて遠くから
オレンジ電車がくるわ、眩しい
高田ほのか

風船と電車

机の引き出しに入っているハートの缶を見ると思い出す出来事がある。
幼稚園から中学卒業まで、大阪府四条畷市にある私学に電車で通っていた。乗っていたのは大阪環状線103系。関西人には言わずと知れた「オレンジ電車」だ。最寄り駅の住道から学校のある四条畷駅までの復路、オレンジ電車には12年間お世話になったことになる。
小学校三年ろ組の仲良し女子5人組だったわたしたちはその日も住道駅で降りた。
いつもは殺風景な改札の天井から、「立 体 交 差 化 事 業 完 成 お め で と う」と書かれたカラフルな画用紙が吊るされている。ブラウン管には、枕木が敷かれた路面を走る昨日までのオレンジ電車が映っている。駅員さんは、オレンジ電車になぞらえたオレンジ色の風船を配っている。風船は残り5つ。わたしたちは1つずつ、風船をもらった。しかし、その日は5人組のひとりであるマイカちゃんの幼稚園児の弟、モリヤくんもいたのだ。モリヤくんは泣き出した。駅員さんが困る。マイカちゃんもチカちゃんもユカちゃんもミユキちゃんも困っている。そのとき、一生に一度の(?)仏心が芽生えたわたしは、手の中の風船を泣き続けるモリヤくんに差し出した。ちょっとおしいな、という気持ちのまま。
第3回 オレンジ風船/歌人・高田ほのかさんの【あなたと私のための短歌】
イラスト・小沢真理

ランク付け

モリヤくんは毎晩、自分の姉を含めた〝5人のお姉ちゃんランキング〟を湯船の中でお母さんに発表していたらしい。その日、今まで常に下位争いをしていたわたしがトップに躍り出たという。驚いたモリヤママは、後日そのエピソードとともに「モリヤに風船をありがとうね」と、キャンディーが入ったハート形の缶をくれた。わたしはその缶を見つめながら、ひとつの風船の効力と、幼稚園児のモリヤくんが女子を日々ランク付けしていたことに軽いショックを受けたのだった。

2017年、48年間走りつづけた大阪環状線103系のオレンジ電車は営業運転を終了した。
あのときあげた風船のオレンジ色を、モリヤくんは今も覚えているかな。
高田ほのか
高田ほのか(たかだ・ほのか)さん
大阪出身、在住。関西学院大学文学部心理学科卒。2010年より短歌教室「ひつじ」主宰。「未来短歌会」所属。テレビ大阪放送審議会委員。さかい利晶の杜(千利休・与謝野晶子のミュージアム)に短歌パネル常設展示。小学校、大学から企業まで幅広く講演・講義を行い、現在まで短歌の魅力を1万人以上の参加者に伝えている。短歌教室「ひつじ」は、2020年よりオンライン教室を開催。NHK「あさイチ」、関西テレビ「報道ランナー」、女性誌などから取材を受ける。関西を拠点に尽力する社長にインタビューし、その“原点”を「短歌で見つける経営者の心」と題するコラムにしており(産経新聞社)、大阪万博が開催される2025年に100社、100首を完成させ、歌集の出版と展示会を開催予定。著書に『ライナスの毛布』増補新装版(書肆侃侃房)。監修書に『基礎からわかるはじめての短歌』(メイツ出版)。
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