コラム 暮らしを彩るワンポイント歌人・高田ほのかさんの
【あなたと私のための短歌】

第5回 
こころを浮かべる

生きにくさを感じるとき、ある夏の日を、島の景色とともに思い出す。

背泳ぎで迎えにいくときめている
呼吸のようにうかぶ佐久島
高田ほのか

カモメになった日

もうすぐ7月。またひとつ歳を取るというのに人生まだ準備段階のような気持ちで生きてしまっている。いま、いま、いま、の積み重ねがそのまま人生になることはわかっている。いま、ガラケーに打ち込んでいる短歌が2カ月後のエクエルのサイトに載り、私の死後も残り続ける。と考えることはできる。いま、は確かに現実なのだ(ろう)。なのに、頭の片隅で(次がある。1秒後が)と、1秒、また1秒、その瞬間を逃し続ける。
逆に、写真はいま撮られている、と意識しすぎてうまく笑えない。以前、完璧に美しく微笑む女性アナウンサーさんに撮られるコツを伺うと、「息を止めたら表情が固くなるの。口を閉じて、鼻からゆっくり吐きながら口角を上げるんです」と教えてくれた。なるほど、それなら私にもできそうだ。(息、吐く。鼻から、吐く。)記憶に刷り込み、半年後。さぁ、いまから撮影だよ、と意識すると息がうまく吐けない。後日、送られてきた新聞を見ると、無理して笑っています、という見本のような引きつった顔がニラッと載っていた。
そんな私がごく自然に笑っている写真がある。7年前の夏の始まりに友人6人で佐久島にいったときのもの。佐久島は別名〝アートの島〟と呼ばれ、島に点在するアート作品を自転車で巡るのが醍醐味だ。あの日みんなでガリバーに、人魚に、タコに、波の音を聞きながら木のオブジェとともに影になった。自転車で潮風に吹かれながらカモメになった。凸凹道を走るたびに青と春が飛び跳ね、私たちは笑い声をあげた。

すこしだけサドルの位置を下げてから
大きな橋をわたっていこう
岩尾淳子『眠らない島』

「はつなつ」という小タイトルとともに、佐久島での呼吸を追体験するかのような一首。橋の前で一旦止まり、自転車のサドルを下げるためにレバーを回す。この何気ない動作から、主人公の(よし、ここからもういっちょ頑張るぞ)という気持ちまでいきいきと見えてくるようだ。

飛魚と渡りし隠岐に幼子は
空と海との青の色知る
保立牧子(大賞)

忘れえぬ校歌の中にあまたなる
小島の浮かぶ瀬戸の海あり
瀬戸内光(島うた歳時記賞)

第19回「隠岐後鳥羽院短歌大賞」受賞作品より。2019年までの10年間、大阪天満宮にて開催された天神祭献詠短歌大賞の選者をしていた。大阪天満宮の禰宜ねぎの方から、隠岐後鳥羽院短歌大賞を主催している水無瀬神宮と大阪天満宮は縁が深く、天満宮の和歌の会の方がこの賞に入選したこともあると教えていただいた。人は海に浮かぶ島にこころの拠り所を探すのかもしれない。
第5回 こころを浮かべる/歌人・高田ほのかさんの【あなたと私のための短歌】
イラスト・小沢真理
すこし遠方から、海の先に見え隠れする佐久島を眺める。その安らぎを詠んだ。逃し続ける〝いま〟に呼吸がうまくできなくなったときはこの歌を唱え、海の彼方にこころを浮かべる。
高田ほのか
高田ほのか(たかだ・ほのか)さん
大阪出身、在住。関西学院大学文学部心理学科卒。2010年より短歌教室「ひつじ」主宰。「未来短歌会」所属。テレビ大阪放送審議会委員。さかい利晶の杜(千利休・与謝野晶子のミュージアム)に短歌パネル常設展示。小学校、大学から企業まで幅広く講演・講義を行い、現在まで短歌の魅力を1万人以上の参加者に伝えている。短歌教室「ひつじ」は、2020年よりオンライン教室を開催。NHK「あさイチ」、関西テレビ「報道ランナー」、女性誌などから取材を受ける。関西を拠点に尽力する社長にインタビューし、その“原点”を「短歌で見つける経営者の心」と題するコラムにしており(産経新聞社)、大阪万博が開催される2025年に100社、100首を完成させ、歌集の出版と展示会を開催予定。著書に『ライナスの毛布』増補新装版(書肆侃侃房)。監修書に『基礎からわかるはじめての短歌』(メイツ出版)。
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