コラム 暮らしを彩るワンポイント歌人・高田ほのかさんの
【あなたと私のための短歌】

第8回 
aikoさんのテトラポット

いつもは記憶の底にしまい込んでいた思いが、ふとしたきっかけで胸に迫ることがあります。

登ろうかテトラポットに、
あのひとがわたしを赦すときの手のひら
高田ほのか

許すと赦す

男のひとの手が好きだ。わたしの手が女性のなかでも小さいほうだから特にそう思うのかもしれないが、憧れもあいまって顔や背丈よりも、手をじっと見てしまう。
大学2回生のときにお付き合いをしていたひとも、骨ばったおおきな手をしていた。
ある夜、彼のアパートで向かい合って夕ごはんを食べていたとき、些細なことで言い争いになった。2時間かけたカルボナーラが冷えてゆく。わたしは、洗面台で声を立てずに泣いた。少し経ってから洗面台に現れた彼は、わたしの頭を後ろからやさしく撫でて、「また、あのテトラポッドに登りにいこう」と言った。半年ほど前、aikoさんが歌う「ボーイフレンド」の歌詞、〝テトラポット(原文ママ)登って~♪〟に憧れていると彼に話すと、テトラポッドが並ぶ、大阪最南端の浜辺に連れて行ってくれたのだ。
頭を撫でられたとき、わたしは彼に、赦(ゆる)してもらえた、と感じてしまった。
その日は仲直りしたのだが、翌朝、食器を洗っていて、「許してくれたと思うことと、赦してもらったと思うことは、ちがう」と、ストン、と分かってしまった。
「許す」とは、これからする行為を自由に任せることで、「赦す」とは、すでにした行為の失敗を免じること。二人で過ごす中でぼんやり見えていた、彼との将来が消えた気がしたのだ。
わたしは無性に悲しくなり、最終的に、大好きだったその手を自分から離してしまった。
第8回 aikoさんのテトラポット/歌人・高田ほのかさんの【あなたと私のための短歌】
イラスト・小沢真理
高田ほのか
高田ほのか(たかだ・ほのか)さん
大阪出身、在住。関西学院大学文学部心理学科卒。2010年より短歌教室「ひつじ」主宰。「未来短歌会」所属。テレビ大阪放送審議会委員。さかい利晶の杜(千利休・与謝野晶子のミュージアム)に短歌パネル常設展示。小学校、大学から企業まで幅広く講演・講義を行い、現在まで短歌の魅力を1万人以上の参加者に伝えている。短歌教室「ひつじ」は、2020年よりオンライン教室を開催。NHK「あさイチ」、関西テレビ「報道ランナー」、女性誌などから取材を受ける。関西を拠点に尽力する社長にインタビューし、その“原点”を「短歌で見つける経営者の心」と題するコラムにしており(産経新聞社)、大阪万博が開催される2025年に100社、100首を完成させ、歌集の出版と展示会を開催予定。著書に『ライナスの毛布』増補新装版(書肆侃侃房)。監修書に『基礎からわかるはじめての短歌』(メイツ出版)。
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