第11回
ヒロインに降る雨
陽の光、風の色、雲の流れ……人は自然のうつろいに気持ちをのせてきました。こと、雨には……。
Creamとsugar多めを押して待つ
きっと小雨を纏ってくるわ
高田ほのか
物語のサイン
雨。それは、天気予報がどれだけ精密になろうとも、わたしたちを不意打ちする存在だ。雨が降るだけで、世界は一変する。
小学生のころから、わたしはそんな雨に憧れていた。ぱんっ、と音を立てながら開かれる色とりどりの傘、地面に染みこむ雨音、窓ガラスを描く雨粒……。そのすべてが、なにか大切なサインのように感じるのだ。
少女漫画においても、シーンに雨を挿入することで物語は鮮烈さを増す。
『花より男子』(神尾葉子)、『ご近所物語』(矢沢あい)、『クローバー』(稚野鳥子)、『思い、思われ、ふり、ふられ』(咲坂伊緒)、『涙雨とセレナーデ』(河内遙)など、名作と言われる少女漫画においても、運命の別れ目には雨が降り、ヒロインの髪を、頬を、美しく濡らす。それだけで彼女たちは、名画のワンシーンのように輝く。
けれど、現実世界ではそうはいかない。通勤途中にかぎって大雨に見舞われたり、スーパーの袋を両手にぶらさげていたりするときに容赦なくどしゃぶってくる。濡れるのは美しい涙なんかじゃなくて、噛みしめた唇から漏れるため息だ。
小学生のころから、わたしはそんな雨に憧れていた。ぱんっ、と音を立てながら開かれる色とりどりの傘、地面に染みこむ雨音、窓ガラスを描く雨粒……。そのすべてが、なにか大切なサインのように感じるのだ。
少女漫画においても、シーンに雨を挿入することで物語は鮮烈さを増す。
『花より男子』(神尾葉子)、『ご近所物語』(矢沢あい)、『クローバー』(稚野鳥子)、『思い、思われ、ふり、ふられ』(咲坂伊緒)、『涙雨とセレナーデ』(河内遙)など、名作と言われる少女漫画においても、運命の別れ目には雨が降り、ヒロインの髪を、頬を、美しく濡らす。それだけで彼女たちは、名画のワンシーンのように輝く。
けれど、現実世界ではそうはいかない。通勤途中にかぎって大雨に見舞われたり、スーパーの袋を両手にぶらさげていたりするときに容赦なくどしゃぶってくる。濡れるのは美しい涙なんかじゃなくて、噛みしめた唇から漏れるため息だ。
今も昔も
万葉の時代から、和歌のなかで雨は「涙」の縁語とされ、悲しみ、せつなさ、未練などの感情を繊細に演出してきた。
雨障み常する君はひさかたの
昨夜の雨に懲りにけむかも
大伴坂上郎女
「雨障(あまつつ)み」は、雨に濡れるのを嫌って外出を控えることの意。昨夜の逢瀬(おうせ)の雨に懲りて、「雨障み」を口実に、きょうは逢いに来てくださらないのでしょうという、雨で視界が遮られるように、心が隔てられてしまうことになぞらえた郎女の乙女心がせつない。
花の色はうつりにけりないたづらに
わが身世にふるながめせし間に
小野小町
「ふる」は「降る」と「経る」、「ながめ」は「長雨」と「眺め」の、それぞれ掛詞※になっている。長雨が降り、物思いにふけっている間に歳を経てしまった。世界三大美女として知られる小野小町の深い憂いは、現代のアラサー以降にも通ずる恋心だろう。
※掛詞……同じ音に2つの意味を持たせる修辞法
現代の歌人も、雨に濡れた恋心をこんな風に詠(よ)んでいる。
落ちてきた雨を見上げてそのままの
形でふいに、唇が欲し
俵万智
背の高い男性に恋をしているのだろうか。雨は、心のうちにある、自分でも気づかない想いをあぶりだす。
雨のなかふいに飛び立つ鳥がいて
あなたにそんなふうに逢いたい
山本夏子
三十一音が、理屈を超えた予感に満ちている。広げた羽に降る雨は、どこまでもやさしい。
さらさらの雨にからだを差しだして
仮縫いみたいな顔をしないで
安田茜
彼をやさしく纏(まと)う雨。その儚げな横顔に、わたしは、自分が決してその中に入れないことを悟ってしまう。
わたしが雨の降る情景に惹かれるのも、万葉から令和に至るまで絶えず詠み続けられてきた、あまたの雨の歌が作用しているのもしれない。
短歌は基本的に、「わたし」という一人称で書かれる詩。主語が書かれていない場合、心情を語る作中主体(主人公)=「わたし」が主語となる。つまり、短歌のなかの心の声を読む、読者のあなたが主人公だ。
短歌のなかの雨は、現実世界では主人公の横を通り過ぎるだけの存在であるわたしたちをヒロインにしてくれる。
だからわたしは、今日も短歌に雨を降らせる。三十一文字の物語のヒロインは、常にあなただ。
わたしが雨の降る情景に惹かれるのも、万葉から令和に至るまで絶えず詠み続けられてきた、あまたの雨の歌が作用しているのもしれない。
短歌は基本的に、「わたし」という一人称で書かれる詩。主語が書かれていない場合、心情を語る作中主体(主人公)=「わたし」が主語となる。つまり、短歌のなかの心の声を読む、読者のあなたが主人公だ。
短歌のなかの雨は、現実世界では主人公の横を通り過ぎるだけの存在であるわたしたちをヒロインにしてくれる。
だからわたしは、今日も短歌に雨を降らせる。三十一文字の物語のヒロインは、常にあなただ。

イラスト・小沢真理

高田ほのか(たかだ・ほのか)さん
大阪出身、在住。関西学院大学文学部心理学科卒。2010年より短歌教室「ひつじ」主宰。「未来短歌会」所属。テレビ大阪放送審議会委員。さかい利晶の杜(千利休・与謝野晶子のミュージアム)に短歌パネル常設展示。小学校、大学から企業まで幅広く講演・講義を行い、現在まで短歌の魅力を1万人以上の参加者に伝えている。短歌教室「ひつじ」は、2020年よりオンライン教室を開催。NHK「あさイチ」、関西テレビ「報道ランナー」、女性誌などから取材を受ける。関西を拠点に尽力する社長にインタビューし、その“原点”を「短歌で見つける経営者の心」と題するコラムにしており(産経新聞社)、大阪万博が開催される2025年に100社、100首を完成させ、歌集の出版と展示会を開催予定。著書に『ライナスの毛布』増補新装版(書肆侃侃房)。監修書に『基礎からわかるはじめての短歌』(メイツ出版)。