第13回
ニューロンはターンオーバーしない
記憶の中の自分と現実の自分と……不思議なカラダの世界に迷い込んでみました。
記憶には花火が散ってあのひとが
まばたくたびに跳ねるニューロン
高田ほのか
セーラームーンのころ
先日、片付けの最中に幼稚園のころのアルバムが出てきた。あるあるだが、時間を取られるとわかって、開いてしまう。ページをめくると、まるっとした幼いわたしが頬を染め、やけにキメたポーズをとっていた。(ああ、これは間違いなく、当時夢中になっていたセーラームーンの影響だ。)
その瞬間、記憶の奥に沈んでいた感覚が蘇った。オープニング曲、主人公の月野うさぎちゃんのふたつのお団子頭から伸びる2本の長い髪、セーラー服の大きなピンク色のリボン、短いプリーツスカート。
「ムーンプリズムパワーメーイクアップ!!」
うさぎちゃんが手を高く掲げると、その体はキラキラと虹色のフォルムに包まれて、セーラームーンに変身する。わたしはブラウン管の前で、月をかたどった金色のステッキ(おねだりしてクリスマスに買ってもらった)を振りかざし、セーラームーンと一緒に決め台詞を叫ぶ。
「月にかわって~おしおきよ!!」
……ああ、あの空気感。鮮明に覚えている。こんなにはっきりと思い出せるなんて、4歳児のわたしは想像もしなかったなあ。4歳のころのニューロンが時を超え、40歳の今のシナプスと結びついている――とか、そういうことだろうか。
その瞬間、記憶の奥に沈んでいた感覚が蘇った。オープニング曲、主人公の月野うさぎちゃんのふたつのお団子頭から伸びる2本の長い髪、セーラー服の大きなピンク色のリボン、短いプリーツスカート。
「ムーンプリズムパワーメーイクアップ!!」
うさぎちゃんが手を高く掲げると、その体はキラキラと虹色のフォルムに包まれて、セーラームーンに変身する。わたしはブラウン管の前で、月をかたどった金色のステッキ(おねだりしてクリスマスに買ってもらった)を振りかざし、セーラームーンと一緒に決め台詞を叫ぶ。
「月にかわって~おしおきよ!!」
……ああ、あの空気感。鮮明に覚えている。こんなにはっきりと思い出せるなんて、4歳児のわたしは想像もしなかったなあ。4歳のころのニューロンが時を超え、40歳の今のシナプスと結びついている――とか、そういうことだろうか。
4歳と40歳
そのとき、百貨店の美容部員さんのある言葉が頭に浮かんだ。「肌のターンオーバーってご存じですか? 正常な人間の細胞は28日周期で入れ替わります。あなたは2週間前のあなたとは別人。いくらでも美しくなれるんです」。美しいスマイルにつられてぼんやり頷きながら、心のなかで思う。
(じゃあなんで、現在アラフォーのわたしは4歳のころの記憶を持っていて、ずっと同じ毛穴詰まりを抱えてるんだろう……。)
(じゃあなんで、現在アラフォーのわたしは4歳のころの記憶を持っていて、ずっと同じ毛穴詰まりを抱えてるんだろう……。)
ニューロンの秘密
美容部員のお姉さんが言うように、肌の細胞は、大体28日で入れ替わるらしい。ゆえに、〝新しい自分になれる〟なんていう言葉もある。しかし、脳は少しちがう。たとえば、記憶をしまっておく「海馬」や「大脳皮質」では、使われている神経細胞――ニューロンは、生まれたときからのものがそのまま働き続けている。
だから、美容部員さんがバラ色の唇で、皮脂腺、皮脂膜、角質層、真皮層の図を見せながら「あなたは別人になれるんです」と力説してくれても、なんだかもやもやしてしまう。
わたしの「わたしらしさ」は、毎月新しくなる肌ではなく、何十年も脳に存在するニューロンたちが育ててきた、記憶のネットワークにあるんじゃないか?
そう考えると、「自分」という存在は単なる細胞の集合体というより、記憶の積み重ねが織りなす情報としての存在なのかもしれない。
ねえ、教えてくださいよ、陶器肌のお姉さん。あなたのそのシワひとつない額の奥にあるニューロンたちは今、なんて囁いていますか?
だから、美容部員さんがバラ色の唇で、皮脂腺、皮脂膜、角質層、真皮層の図を見せながら「あなたは別人になれるんです」と力説してくれても、なんだかもやもやしてしまう。
わたしの「わたしらしさ」は、毎月新しくなる肌ではなく、何十年も脳に存在するニューロンたちが育ててきた、記憶のネットワークにあるんじゃないか?
そう考えると、「自分」という存在は単なる細胞の集合体というより、記憶の積み重ねが織りなす情報としての存在なのかもしれない。
ねえ、教えてくださいよ、陶器肌のお姉さん。あなたのそのシワひとつない額の奥にあるニューロンたちは今、なんて囁いていますか?

イラスト・小沢真理

高田ほのか(たかだ・ほのか)さん
大阪出身、在住。関西学院大学文学部心理学科卒。2010年より短歌教室「ひつじ」主宰。「未来短歌会」所属。テレビ大阪放送審議会委員。さかい利晶の杜(千利休・与謝野晶子のミュージアム)に短歌パネル常設展示。小学校、大学から企業まで幅広く講演・講義を行い、現在まで短歌の魅力を1万人以上の参加者に伝えている。短歌教室「ひつじ」は、2020年よりオンライン教室を開催。NHK「あさイチ」、関西テレビ「報道ランナー」、女性誌などから取材を受ける。関西を拠点に尽力する社長にインタビューし、その“原点”を「短歌で見つける経営者の心」と題するコラムにしており(産経新聞社)、大阪万博が開催される2025年に100社、100首を完成させ、歌集の出版と展示会を開催予定。著書に『ライナスの毛布』増補新装版(書肆侃侃房)。監修書に『基礎からわかるはじめての短歌』(メイツ出版)。