第16回
スイカのてっぺん
夏が来るたびに思い出す、子ども時代の恋があります。
シャリッに振り向いてからゆっくりと
文字化けしてくスイカのまっ赤
高田ほのか
一枚の写真
にこやかな顔の並ぶアルバムの中に、一枚、笑顔からはぐれた写真がある。
真っ黒に日焼けして、苦々しい顔でスイカを見つめる、小学5年生のわたしだ。
その夏、臨海学校にいった。正確な場所は覚えていないが、青空が反射した眩しい音を思い出す。
真っ黒に日焼けして、苦々しい顔でスイカを見つめる、小学5年生のわたしだ。
その夏、臨海学校にいった。正確な場所は覚えていないが、青空が反射した眩しい音を思い出す。
ご褒美
泳いだあとのわたしたちにはご褒美が待っていた。
スイカだ。
砂浜に立てられた大きなテントに入ると、先生や民宿のおばさんたちがにこにこ運んできてくれた。善意100パーセントの笑顔だ。同じクラスのみんなも、「やったー!」「うまそ~!」と受け取っている。
しかし、わたしは生まれたときからスイカが苦手だった。
(このにおいがだめなんよ……)
薄く切られた赤い二等辺三角形をにらんでいると、
シャリッ。
突然、てっぺんが消えた。
振り返ると同じクラスの北くんがしゃくしゃくしていた。
「きらいなん?」
「えっ?」
「スイカ、きらいなん?」
「うん……」
「もったいないなあ。スイカは、てっぺんが一番甘いねんで」
そこまでは思い出せる。
しかし、そのあとスイカがどうなったのか、北くんと何か話したのか、わたしの記憶は波にさらわれたみたいにまっさらだ。
スイカだ。
砂浜に立てられた大きなテントに入ると、先生や民宿のおばさんたちがにこにこ運んできてくれた。善意100パーセントの笑顔だ。同じクラスのみんなも、「やったー!」「うまそ~!」と受け取っている。
しかし、わたしは生まれたときからスイカが苦手だった。
(このにおいがだめなんよ……)
薄く切られた赤い二等辺三角形をにらんでいると、
シャリッ。
突然、てっぺんが消えた。
振り返ると同じクラスの北くんがしゃくしゃくしていた。
「きらいなん?」
「えっ?」
「スイカ、きらいなん?」
「うん……」
「もったいないなあ。スイカは、てっぺんが一番甘いねんで」
そこまでは思い出せる。
しかし、そのあとスイカがどうなったのか、北くんと何か話したのか、わたしの記憶は波にさらわれたみたいにまっさらだ。
終わってから
臨海学校が終わってから、あのときの北くんの行為がじわじわ気になってきた。
祖母のゆでてくれたそうめんをすすりながら、(てっぺんが一番甘いってなんやろう)
湯船に浸かりながら、(なんで食べてくれたんやろう)
食べてくれたと思い込んでいる時点で、すでにかかっちゃってるよ。
当日スマホがあったら、「スイカ 勝手に食べる 心理」って検索しちゃってるよ。
恋に落ちる理由なんて、いつだって解析不可。唐突であいまいで、でも制御なんてできない。
この感覚は、短歌に心を奪われるときと似ている。
思いがけない行為(言葉)にふれて、「こんな感情、はじめて」と思ったら。もう、恋が始まっているのだ。
祖母のゆでてくれたそうめんをすすりながら、(てっぺんが一番甘いってなんやろう)
湯船に浸かりながら、(なんで食べてくれたんやろう)
食べてくれたと思い込んでいる時点で、すでにかかっちゃってるよ。
当日スマホがあったら、「スイカ 勝手に食べる 心理」って検索しちゃってるよ。
恋に落ちる理由なんて、いつだって解析不可。唐突であいまいで、でも制御なんてできない。
この感覚は、短歌に心を奪われるときと似ている。
思いがけない行為(言葉)にふれて、「こんな感情、はじめて」と思ったら。もう、恋が始まっているのだ。
記録と記憶
臨海学校から1カ月後、「臨海学校の思い出」と題された写真が学校の廊下にずらっと貼り出された。そのなかに、苦々しくスイカを見つめるわたしがいた。
ガーン。
そのあまりの形相に、一瞬ショックを受ける。が、いや、待て、ほのか。この続きに、あんなドラマが待ってたじゃないか。
自分の負の記録としてではなく、ほのかな恋の記憶を残したいという思いが勝ったわたしは、注文用紙にその写真の番号を書いた。
北くんは、今もあのてっぺんの味を覚えているだろうか。
ガーン。
そのあまりの形相に、一瞬ショックを受ける。が、いや、待て、ほのか。この続きに、あんなドラマが待ってたじゃないか。
自分の負の記録としてではなく、ほのかな恋の記憶を残したいという思いが勝ったわたしは、注文用紙にその写真の番号を書いた。
北くんは、今もあのてっぺんの味を覚えているだろうか。

イラスト・小沢真理

高田ほのか(たかだ・ほのか)さん
大阪出身、在住。関西学院大学文学部心理学科卒。2010年より短歌教室「ひつじ」主宰。「未来短歌会」所属。テレビ大阪放送審議会委員。さかい利晶の杜(千利休・与謝野晶子のミュージアム)に短歌パネル常設展示。小学校、大学から企業まで幅広く講演・講義を行い、現在まで短歌の魅力を1万人以上の参加者に伝えている。短歌教室「ひつじ」は、2020年よりオンライン教室を開催。NHK「あさイチ」、関西テレビ「報道ランナー」、女性誌などから取材を受ける。関西を拠点に尽力する社長にインタビューし、その“原点”を「短歌で見つける経営者の心」と題するコラムにしており(産経新聞社)、大阪万博が開催される2025年に100社、100首を完成させ、歌集の出版と展示会を開催予定。著書に『ライナスの毛布』増補新装版(書肆侃侃房)。監修書に『基礎からわかるはじめての短歌』(メイツ出版)。