コラム 暮らしを彩るワンポイント歌人・高田ほのかさんの
【あなたと私のための短歌】

第17回 
うぬぼれ鏡

忘れられない思い出は、なんでもない会話の中にあったりします。

方形のなかによく似た口もとの
互いがたがいのうぬぼれ鏡
高田ほのか

遠ざかる言葉

最近、「あざとい」という言葉を頻繁に聞くようになった。一方、「うぬぼれ」は、あまり聞かなくなった気がする。
どちらも、他者の目に過剰に映る姿を意味する言葉だが、前者は“計算された愛嬌”という点で、SNS時代にフィットしたのに対し、後者は古めかしい響きを帯び、令和の若者の感覚から遠ざかっていったのかもしれない……。なんて考えていると、中学1年生の夏、新しい家族で白浜へ旅行したときの記憶がふわりと降りてきた。

鏡のなかで

母はわたしが小学4年生のときに再婚した。当時は気づかなかったが、家族で旅行することで、本物の家族になりたいという思いがあったのかもしれない。
大阪から車で3時間、ようやく旅館に着いた。靴を脱いで部屋に上がる。畳の感触がひんやりと心地よい。まどろむ西陽が窓際の椅子の影を伸ばす。小さな冷蔵庫を開けて頬に冷気を受けながら、(ふむふむ、オレンジジュースか。夜はこれを飲もう)と勝手に決めたり、押し入れを開けては、意味もなく布団を確認したり。
トイレは……と見回し、ふと洗面の鏡をのぞくと、
(あれ?なんかいつもよりかわいく見える!)
わたしは洗面台の明かりをつけ、妹を手招きした。
「どう?!いつもよりかわいく見えへん?」
しばしの沈黙のあと、妹は一言。
「いつもと同じやん」
うーむ、そうか。わたしの錯覚(?)か。と、洗面のつまみへ手を伸ばしたとき、和室から父の声がした。
「俺もさっき鏡見たときそう思ったで」
(えっ、お父さんが!?)
思いがけない父からの同意にテンションがあがった。
4年共に暮らす中で、ふとしたとき、父と思考が重なるような瞬間があるような気がしていたのだ。
父は洗面台にやってきて、鏡に映る自分の髭をなでながら、
「うん、これはうぬぼれ鏡やな」と言った。
(うぬぼれ鏡……なかなかうまいこと言うやん)
鏡のなかの父とニヤリと見つめ合った。
第17回 うぬぼれ鏡/歌人・高田ほのかさんの【あなたと私のための短歌】
イラスト・小沢真理
高田ほのか
高田ほのか(たかだ・ほのか)さん
大阪出身、在住。関西学院大学文学部心理学科卒。2010年より短歌教室「ひつじ」主宰。「未来短歌会」所属。テレビ大阪放送審議会委員。さかい利晶の杜(千利休・与謝野晶子のミュージアム)に短歌パネル常設展示。小学校、大学から企業まで幅広く講演・講義を行い、現在まで短歌の魅力を1万人以上の参加者に伝えている。短歌教室「ひつじ」は、2020年よりオンライン教室を開催。NHK「あさイチ」、関西テレビ「報道ランナー」、女性誌などから取材を受ける。関西を拠点に尽力する社長にインタビューし、その“原点”を「短歌で見つける経営者の心」と題するコラムにしており(産経新聞社)、大阪万博が開催される2025年に100社、100首を完成させ、歌集の出版と展示会を開催予定。著書に『ライナスの毛布』増補新装版(書肆侃侃房)。監修書に『基礎からわかるはじめての短歌』(メイツ出版)。
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