コラム 暮らしを彩るワンポイント歌人・高田ほのかさんの
【あなたと私のための短歌】

第18回 
ある秋のひねもす ~紙飛行機にのせて~

あわただしい秋の一日の終わりに、高田さんにふっと見えたものとは……。

ゆびさきで紙飛行機を夜空へと
明滅をせし5・7・5・7・7
高田ほのか

時間の裂け目

朝、ベランダに出ると、金木犀のにおいがした。マンションには金木犀は植えられていなかったはずだけれど、どこかから漂ってくる。隣の部屋の香水かもしれないし、実は自分の髪が放っていたら、どうしよう。
今日は原稿の締切がある。エッセイと短歌を一首。机に向かってガラケーを開く。すると、昨日打ちこんだメモが出てくる。「秋=セミファイナル」と書いてある。意味がわからない。季語の新提案だろうか。秋なのに、セミファイナル。いや、あの蝉の死に際のジリジリ音を思い出したら、ちょっと納得してしまう。昨日のわたしに負けた気分だ。
パソコンを立ち上げる。白い画面に点滅するカーソルは、時間の裂け目のように見える。ことばが降りてくる気配はない。ふと、冷蔵庫にプリンがあることを思いだす。ここで食べたら「逃げ」だとわかっているのに、プリンはどんどんあまくなる。想像するほどに甘味が強くなるのはなぜだろう。

成長するひつじ

「短歌教室ひつじ」の準備もしなくては。今日は15人以上が参加してくれる予定だ。先週のみんなの作品を読み直す。どの歌もまぶしい。ポストに入れた手紙を、投函口から抜き取るみたいに読んでしまう。いつも、相手に寄り添った添削を、と心がけてはいるけれど、ときどき、わたしの助言がないほうが、歌がいきいきするのではないかと思ってしまう。それくらい、生徒さん一人ひとりが、その人のタイミングで成長してくれる。
昼過ぎ、ポストを開けると封筒が届いていた。ファンです、と言ってくれるあの子からの手紙だ。白猫のキーホルダーとともに、「お守りのような短歌をありがとうございます」と書いてある。紙に書かれた字は不思議だ。スクリーン越しより、心臓に近いところで読まされる。わたしの歌が、だれかの暮らしの片隅に置かれていることが怖くて、そして、胸がぎゅっとなるくらい、うれしい。

一人ひとりの宇宙

午後、外出。京橋の実身美(サンミ)で歌友と互いの短歌を読み合う。「この歌は、もっと等身大の表現にした方がいいんじゃない?」という言葉をもらう。等身大とは何か。身長161センチのわたしが、短歌の中ではどのくらいの背丈になっているんだろう。ときどき、通天閣くらい伸びている気がする。逆に、グラスの底にたまったシロップみたいに数ミリ(中はめちゃくちゃ濃い)に思える日もある。
19時、帰宅。カーテンを閉めようとしたら、飛行機が明滅しながら夜空に浮かんでいるのが見えた。まるで宇宙の心臓のようだ。きっと、あの飛行機の鼓動で、宇宙は生きている。短歌も似ている。5・7・5・7・7のリズムを刻む三十一音の小宇宙に、ひとりの人生が息づいている。生徒さんの短歌も、紙飛行機みたいに一機一機、その人らしい速度で飛ばせてあげられたら、と思う。

笑顔をのせて

20時、オンライン短歌教室開始。画面越しにみんなの顔が並ぶ。「こんばんは~」と手を振ると、笑顔、笑顔、お辞儀、えがお。うれしい。一人ひとりの短歌に込めた想いに耳を澄ませ、その人の呼吸にことばを添わせてゆく。わたしのことばがどれくらいの強さで届いているかはわからない。けれど、その人の表情があかるくなると、わたしの心もふわっと浮く。
教室が終わり電気を消すと、部屋が急に存在感を増す。暗闇の中で、さっき放った一人ひとりの紙飛行機のひかりが、残像のように部屋を飛びつづけている。パソコンに、ことばをカタカタ打ちこんでみる。

ゆびさきで紙飛行機を夜空へと
明滅をせし5・7・5・7・7


時間の裂け目から零れ落ちる今日が、かたちを持った気がした。
第18回 ある秋のひねもす ~紙飛行機にのせて~/歌人・高田ほのかさんの【あなたと私のための短歌】
イラスト・小沢真理
高田ほのか
高田ほのか(たかだ・ほのか)さん
大阪出身、在住。関西学院大学文学部心理学科卒。2010年より短歌教室「ひつじ」主宰。「未来短歌会」所属。テレビ大阪放送審議会委員。さかい利晶の杜(千利休・与謝野晶子のミュージアム)に短歌パネル常設展示。小学校、大学から企業まで幅広く講演・講義を行い、現在まで短歌の魅力を1万人以上の参加者に伝えている。短歌教室「ひつじ」は、2020年よりオンライン教室を開催。NHK「あさイチ」、関西テレビ「報道ランナー」、女性誌などから取材を受ける。関西を拠点に尽力する社長にインタビューし、その“原点”を「短歌で見つける経営者の心」と題するコラムにしており(産経新聞社)、大阪万博が開催される2025年に100社、100首を完成させ、歌集の出版と展示会を開催予定。著書に『ライナスの毛布』増補新装版(書肆侃侃房)。監修書に『基礎からわかるはじめての短歌』(メイツ出版)。
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