運動と免疫

運動は健康を支える要素の一つ。適度な運動習慣には、さまざまな健康効果に加え、免疫機能の向上にも寄与することが報告されています。 しかし、その一方で激しい運動が免疫力を低下させ、感染症のリスクになることも理解しておきましょう。

1運動と免疫の関係

適度な運動は免疫機能を向上させることが分かっています。 しかし何事も「過ぎたるは猶及ばざるが如し」というように、過度な運動(オーバートレーニング)は、それ自体が身体にとって大きなストレスになり、免疫機能を低下させてしまいます。 下の図は、運動の強度と免疫機能の関係を示したものです。趣味で軽いランニングをするランナーから選手レベルのランナーを集めて免疫機能を調べています。 これを見ると、適度な運動習慣によって免疫機能が高まって上気道感染症(風邪)に罹るリスクが低下するのに対し、 少ない運動習慣、あるいは激しい運動習慣は免疫機能を下げ、風邪に罹るリスクを高めることが分かります。

運動不足や激しい運動は
感染症への感染リスクを上昇させる

感染リスク向上
出典:
Nieman DC, et al. J Sport Health Sci. 2019; May;8(3):201-217.Silveira MP, et al. Clin Exp Med 2021;21:1–14.より改変
Burtscher J, et al. Clinical and Experimental Medicine (2021) 21:15–28

2激しい運動習慣で風邪に罹りやすくなる

身体を極限まで追い込むアスリートたちの間では、試合の前後などで上気道感染症(風邪)に罹りやすいことが経験上知られてきました。 これは、激しい運動によって私たちの免疫機能が低下する「オープンウィンドウ」という現象が関係していると言われています。 軽い運動をすると、運動中に免疫機能がやや向上し、運動後にはほぼ元通りになるのに対して、激しい運動をすると、運動中こそ一時的に免疫機能が高まるものの、 運動後は激しい運動のストレスによって免疫機能が著しく低下し、回復までには数時間~数日を要します。 この免疫機能が低下する期間のことを「オープンウィンドウ」と呼び、ウイルスや細菌などの敵に対して無防備な状態が続き、感染症に罹りやすくなるのです。 出典: Pedersen B K, et al. Med Sci Sports Exerc. 1994; Feb;26(2):140-6.より改変

激しい運動後に「オープンウィンドウ
(免疫機能が低下する期間)」が出現する

オープンウィンドウグラフ
マラソンや疲労困憊するような激しい運動をすると、身体ストレスがかかり、運動後に免疫機能が通常よりも低下する期間「オープンウィンドウ」が出現する。 免疫力が再び回復するには、数時間~数日かかり、オープンウィンドウの期間にウイルスや細菌に晒されることで感染症に罹りやすくなる。
出典: Pedersen B K, et al. Med Sci Sports Exerc. 1994; Feb;26(2):140-6.より改変

下の図は、運動習慣のない人、適度な運動習慣のある人、エリートアスリート(平均年齢18~34歳)がそれぞれに風邪に罹った回数を5か月間にわたって調査したところ、 激しい運動習慣のあるエリートアスリートが最も風邪に罹りやすいことが分かっています。 エリートアスリートがのど、鼻の不快感やくしゃみなどの風邪症状を自覚した平均回数は、適度な運動習慣のある人の3.7倍に上りました。 さらに、風邪と診断された回数も、エリートアスリートでは適度な運動習慣のある人の2倍でした。

激しい運動をするエリートアスリートほど
風邪をひきやすい

風邪罹患グラフ
出典: Spence L, et al. Med Sci Sports Exerc. 2007; Apr;39(4):577-86.より改変

激しい運動をすると免疫力が低下することは、大学生の男子アメリカンフットボール選手を対象に唾液中の免疫物質IgA※ 量と風邪の罹患率の関係を調べた研究でも確認されています。 下の図が示すように、カラダへの負荷が大きい運動によって、IgA 分泌量が低下し、風邪の罹患率が高くなりました。 IgA とは鼻や口の粘膜といった免疫の最前線で働く代表的な免疫物質です。

運動強度が上がるほど免疫力が低下、
風邪もひきやすい

運動強度ごとのグラフ
大学生の男子アメリカンフットボール選手75人と一般男子学生25人で、1年を8期間に分け、唾液中の IgA と風邪の罹患相関を見た。 激しい運動をした期間に、選手の IgA 分泌速度が低下し、風邪の罹患率も高かった。

出典: Fahlman MM, et al. Med Sci Sports Exerc . 2005 Mar;37(3):374-80. より改変

3毎日の適度な運動習慣によって風邪をひきにくくなる

これまでの研究で、毎日の適度な運動習慣によって、風邪をひきにくくなることが報告されています。 18~85歳の男女1002人を対象に、冬期12週間の風邪の症状と運動頻度の関係を調べた研究では、適度な運動 (汗を軽くかき、心拍数が少し上がる軽い活動を20分以上継続する運動)をする日数が多い人ほど風邪をひく日数も少なく、重症度も低いとの結果が報告されています。

適度な運動をする人は風邪をひきにくい

風邪と運動
運動するのは週に1日未満の人と、週に1~4日運動する習慣のある人、そして週に5日以上運動する習慣のある人が、 それぞれ冬期12週間で風邪をひいた日数を比較したところ、運動習慣のある人の方が風邪をひきにくく、平均して5日未満であったのに対し、 運動習慣が少ない人では、風邪を引いた日数が平均8日を超えていた。

出典: Nieman DC, et al. Br J Sports Med.2011;45:987-92.より改変

適度な運動習慣が IgA を増やすことを確かめた研究もあります。 19~23の運動習慣のない健康な男性に4日間、適度な運動を続けてもらったところ、 運動開始前の唾液中 IgA が増え、1日目・2日目と比較し有意な差が認められました。 連続した軽度・中等度の運動は免疫機能向上に加えて、ストレスを低減させる可能性が確認できました。

運動実施日ごとの唾液中IgAの変化

IgA分泌速度
出典:満石ら、日本生理人類学会誌 VoLl7,No.3 2012,8 95−108.より改変

別の高齢者を対象にした研究でも、週に2回の運動教室を1年間継続してもらったところ、唾液中の IgA の分泌量が増え、 免疫機能が高まった状態が1年間持続したことも確認されています。適度な運動は短期的にも、長期的にも免疫機能を高めるのです。 【出典】
Nieman DC, et al. Br J Sports Med.2011;45:987-92.満石ら、日本生理人類学会誌 VoL17,No.3 2012,8 95−108.
Akimoto T, et al. Br J Sports Med.2003; Feb;37(1):76-9.

4免疫力を高めるにはどれぐらいの運動がいい?

免疫機能を高める「適度な運動」とは、具体的にどのような運動でしょうか。 厚生労働省健康局から発表されている「健康づくりのための身体活動基準2013」では、下記の活動等を日々の生活の中で習慣づけることを推奨しています。

  • 日常生活では、毎日60分間積極的に身体を動かす(歩く、犬の散歩をする、掃除をする、自転車に乗る、速歩きをするなど)
  • さらに週2回以上、1回30分以上の息が少しはずむ程度の運動をする(軽い筋トレ・ボウリング・ウォーキング・ラジオ体操など)

実際に、日々の生活の中に運動を上手く取り入れるためには、厚生労働省が発信するガイド『+10(プラステン):今より10分多く体を動かそう』が参考になります。 それによると、日常生活に毎日10分、「歩く、掃除をする、自転車に乗る」などの軽い運動を続けるだけでも、 「死亡のリスクを2.8%」「生活習慣病発症を3.6%」「ガン発症を3.2%」「ロコモ・認知症の発症を8.8%」減らせるとしています。 運動を上手く習慣化させるためには、無理をせず毎日少しずつ取り組むのがポイントです。 急に身体に負荷をかけすぎると、それ自体がストレスになって免疫機能を低下させてしまいます。 毎日+10分の運動を取り入れるところから始め、無理のない運動習慣を身につけましょう。 【出典】
厚生労働省ウェブサイト 「健康づくりのための身体活動基準 2013」
厚生労働省 e- ヘルスネット アクティブガイド 『+10(プラステン):今より 10 分多く体を動かそう』

監修:酒井リズ智子先生(米国医師 トータル・コンディショニング・コーディネーター)
監修:酒井リズ智子先生(米国医師 トータル・コンディショニング・コーディネーター)