オルガノイド技術×ロボティクスで挑む創薬の最前線

神経疾患研究部
「治せない病気を治したい」──研究者としての原点

大学では医学・生命科学を専攻し、現在の医学では治せない病気や障がいの治療法を確立したいという想いを胸に、ヒトiPS細胞※1やオルガノイド※2技術の研究に取り組んでいました。私が所属していた研究機関では大塚製薬をはじめとした民間企業と共同研究を行っており、実際に企業から出向してきた研究者の方々と接する機会がありました。研究に対する姿勢や考え方に触れる中で、企業での研究に興味を持ち、大塚製薬の社員の方の知識の豊富さと親しみやすさがきっかけとなり、入社を決意しました。
入社後は、患者さんの遺伝子情報を保持したiPS細胞から神経細胞を作り、病気のメカニズム解明や新しい薬の候補品の評価に取り組んでいます。神経細胞の作製にはオルガノイド技術を用いており、特定の環境を試験管の中で再現することで目的の三次元組織を作ることが可能です。病気の原因となっている神経細胞や神経組織を選択的に用意できるので、信頼性の高い試験を行うことができると考えています。
- ※1iPS細胞:人工多能性幹細胞。繰り返し分裂・増殖することが可能な自己複製能と、様々な細胞へ分化する能力を合わせ持つ細胞です。
- ※2オルガノイド:「臓器(organ)」+「~に類似したもの(oid)」を組み合わせた造語であり、iPS細胞などの多能性幹細胞や組織幹細胞から作製される3次元の組織構造体(ミニ臓器)のことです。
オルガノイド自動培養・解析により“これまでできなかったこと”を実現する

iPS細胞からオルガノイドの作製は、非常に繊細で容易ではありません。一連の作業は数週間、ときには1ヵ月以上を要し、またiPS細胞は様々な細胞・組織に変化(分化)する特性があるため、わずかな環境の違いや操作の差で結果が変わってしまいます。研究者のスキルなどに影響されることもあり、「なぜうまくいかなかったのか」が分からないことも少なくありません。
その課題を解決するために、私は入社2年目からiPS細胞とオルガノイドの自動培養・解析装置の開発プロジェクトに参画しました。しかしながらロボティクスの知識はゼロからのスタートだったので、社外の研究自動化の勉強会に参加するところから始めました。当初は作製プロセスを自動化することによる研究員の負担軽減を目指していましたが、勉強会で「今行っている実験を自動化(省力化)するだけでなく、“これまでできなかったこと”を実現することが重要」という考え方に出会いました。そこで、私たちの装置開発の目的を「属人化の解消」、「工数拡大」、「培養データの構造化」の3つに定めました。装置で得られた膨大な培養データをAIで解析し、その結果をもとに効率的に実験を回せるよう、開発パートナー企業と直接連携しながら装置の構想から設計、導入までを進め、参画して5年目にようやく実用化にこぎつけました。
このプロジェクトは、iPS細胞およびオルガノイド培養の安定化・再現性向上という、世界的にもまだまだ“ブラックボックス”な部分が大きい命題に対して、ロボティクスを駆使して得られた独自のデータをもとに知識を体系化し、創薬力を高めることを目指しています。AI技術の進化により、誰でも高度な分析ができる時代になったからこそ、入手できるデータの独自性がこれまで以上に大切になっていくと考えています。
専門外でも熱意で乗り越える、大塚製薬で見つけた“探究のかたち”

創薬の現場では、日々の実験だけでなく、データ管理や装置の制御といった“デジタルの力”がますます重要になっています。特に、私が関わっている自動培養・解析装置の開発や運用では、装置を動かすためのデータベース設計や、消耗品の在庫管理システムの構築など、ITやロボティクスの知識が不可欠でした。正直に言えば、ITは専門外で当初は戸惑いもありましたが、必要に迫られて勉強を始めると、意外にも面白さを感じるようになりました。社内のプログラミング講座を受講したりしながら少しずつ知識を身につけ、今では自作の在庫管理システムを運用しています。
このような挑戦ができるのは、創薬の進め方をシステマチックにしすぎず、研究者の熱意やアイデアを尊重する大塚製薬の企業文化があるからだと感じています。
私の部署がある大阪創薬研究センターでは、オルガノイドやデジタル技術だけでなく、免疫、再生医療、抗体医薬など多様な専門家が集まっており、分野を超えたコラボレーションが日常的に行われています。今後も自動培養・解析システムを活用して、より信頼性の高い薬の候補品評価に取り組みつつ、将来は臨床予測性の高いヒトiPS細胞を用いることによる創薬プロセスの迅速化・高効率化の実現を目指したいと考えています。