みなさん、Bonjour!
フランス映画が大好きなトリコロル・パリが、
お家にいながらフランス気分を楽しめる映画をおすすめする
こちらのコラムも4回目となりました。
今回は、フランス・アニメ界の鬼才として知られるミッシェル・オスロ監督の
『ディリリとパリの時間旅行』を紹介します。
ベル・エポック時代のパリ。ニューカレドニアからパリにやって来た少女ディリリは、配達人の青年オレルと出会い、パリの名所を案内してもらうことに。ちょうどその頃、少女だけを狙った誘拐事件が多発しており、犯人と思しき「男性支配団」という謎の組織を探し出そうと決意するディリリとオレル。仲間たちの力を借りながら犯人の正体に迫ってゆく二人だったが、ついにはディリリが誘拐されてしまうのだった。
思うようにフランス旅行ができない今。パリが恋しくてたまらない、というパリ欠乏症をちょっぴり和らげてくれるのが『ディリリとパリの時間旅行』です。美しい街並みやモニュメントに癒され、パリを縦横無尽に駆け回る愛らしくも勇敢なディリリの姿に元気をもらい、フランス生まれのジェルブレのビスケットを味わえば、足りなかった「パリ成分」をカンペキに注入してくれるはず!
パリの風景になくてはならないモリス広告塔。
劇中の広告塔にはディリリが出会う人物が出演する演目のポスターが貼ってあるという細かな演出が。
舞台は1900年代初頭、ベル・エポック時代のパリ。文学、演劇、音楽のみならず、建築、デザイン、フランス料理、ファッションといったライフスタイルにいたるまで、さまざまな分野において文化が一気に花開き、現在にも名を残す文化人が国内外からこぞってパリに集っていた華やかな時代。ニューカレドニアからたった一人パリにやって来た少女ディリリは、オレルというフランス人青年と出会います。二人が初めて会話をするシーンでは、緑色のベンチやモリス広告塔、手回しのオルガンに合わせて歌うムッシュー、オレルが手に持つ熱々のフレンチフライ、足元で餌をついばむ鳩など、さりげないパリの日常風景が描かれていて個人的に大好きな場面のひとつです。そして、ディリリの美しい言葉づかいと聡明でエレガントなふるまいに心を掴まれ、オレルと同じように、見ている私たちも一瞬にして彼女のとりこになってしまいます。
パリやパリジャンの暮らしを見てみたいと言うディリリに、配達人という仕事柄、街の隅々まで熟知するオレルが案内役を買って出ます。オレル愛用の三輪自転車のカゴに乗せてもらい、初めてのパリ観光に大興奮のディリリでしたが、ちょうどその頃、パリで多発していた連続少女誘拐事件の話を耳にすると、犯人を見つけ出して人質の少女たちを助け出そうと決心します。パリの色んな場所や人をたずねながら情報収集すれば、観光と犯人追跡が同時にできて一石二鳥だわ!と喜ぶディリリ。こうしてパリを駆け巡る二人の冒険が始まります。
オペラ座のテラス。ベル・エポック時代から100年以上経った今でも変わらぬ美しさを保つパリはやっぱりすごい!
この映画の一番の魅力は、なんといっても、スクリーンに映し出されるパリの素晴らしい街並みと有名スポットの数々ですが、ほとんどの建物や内装は、オスロ監督が数年かけて撮りためた写真を使っています。トリコロル・パリがパリのライフスタイルを案内するジェルブレのインスタでも紹介している、エッフェル塔やオペラ・ガルニエ、凱旋門、シャンゼリゼ大通り、コンコルド広場、チュイルリー公園のカフェやキオスク、ヴァンドーム広場、サクレクール寺院など、おなじみの場所がたくさん登場しますが、普段よりも何十倍も華やかで美しく見えるのは、人物や自動車、ゴミ箱など、当時存在しなかった物を写真からきれいに取り去って、ベル・エポック時代の景観を見事に再現しているからかもしれません。そこにCGで描いた人物を合成することで、リアルだけど現実世界では叶わない理想のパリの姿が映し出され、この映画ならではの不思議な魅力が生まれています。
モンマルトル名物の階段を駆け降りる自転車はジェットコースターのような迫力。
劇中でディリリたちが通るのはモン・スニ通りの大階段。
有名スポットだけでなく、オレルの三輪自転車で疾走する移動中の風景も素敵です。大通り沿いのカフェのテラスやパン屋さん、老舗チョコレート屋さんのある小道、マドレーヌ寺院横の花市、背景にちらりと映るプランタンデパート、ミュシャが描いたポスターなど、どこを切り取ってもパリ感満載。中でも、ムーラン・ルージュで出会った画家のロートレックと一緒に、「さくらんぼの実る頃」を歌いながらモンマルトルの丘からロワイヤル通りまで一気に走り抜けるシーンは、頬に風を感じられるような疾走感が最高に気持ち良い!夕闇の中、明かりがキラキラと輝く夜のパリの美しさにもうっとりします。「カゴ付き三輪自転車で巡るパリ案内」なんて観光サービスがあったら、ぜひ乗ってみたいと思うのは私だけでしょうか。
ディリリが滞在する邸宅のモデルとなった「ラヴィロットの集合住宅」は、
今もパリ7区ラップ大通り29番地に建っている。
彫刻家ロダンの館や大女優サラ・ベルナールの邸宅、作家マルセル・プルーストのアパルトマンといった室内のシーンは、オルセー美術館やロダン美術館、カルナヴァレ美術館などの協力を得て、調度品や絵画・彫像作品、内装の隅々まで監督がじっくり撮影した写真を再構築して作られています。ディリリが暮らす伯爵夫人の邸宅は、アール・ヌーヴォーを代表する建築家ジュール・ラヴィロットが手がけた集合住宅がベースになっていますが、窓やテラスの造作は映画ならではのアレンジが加わっているので、実際の建物と見比べてみるのも楽しいです。ストーリーの要となる地下水路の場面も、パリの下水道に潜り、一枚一枚、丁寧に撮った写真を元に描かれています。そして、数ある印象的なシーンの中でも特に、夢のように美しいオペラ・ガルニエの地下の船着場もオペラ座の協力なくしては実現しえなかったもの。劇場から地下、屋根裏まで、監督たった一人のためにすべての扉を快く開いてくれたオペラ座は流石です!こんな風に、普段決して足を踏み入れることのできない場所を見せてくれるこの映画は、まさにパリの歴史と文化が詰まった宝箱のような存在です。
オレルが配達のために立ち寄るチュイルリー公園。劇中登場するカフェとキオスクは今も健在。
この作品のもうひとつの醍醐味はディリリとオレルが出会う有名人の数々。次から次へと、超が付くほどの大物ばかりが登場してとにかく画面がきらびやか。背景に映る人物を加えると、なんとその数100人以上。前々回取り上げたウディ・アレン監督の『ミッドナイト・イン・パリ』ですら、すべての人物を把握するのが大変だったのに、この映画はさらにその上。ある意味、何度見ても新たな発見ができる楽しみがありますね。オレルの友人として一緒に犯人探しをするエマ・カルヴェは、当時フランスのオペラ界を代表するソプラノ歌手。モンマルトルのアトリエ「バトー・ラヴォワール(洗濯船)」に集うピカソ、マティス、ルソー、ブランクーシ、スザンヌ・ヴァラドン(ユトリロの母)を始め、パリ郊外の田園で仲良く絵を描くモネとルノワール、アトリエで仕事をするロダンとカミーユ・クローデル、作家として世に出る前の踊り子時代のコレット、ドガに褒められて大喜びするロートレックなど、誰もが知る芸術家たちが勢揃い。アイリッシュ・アメリカン・バーでは、エリック・サティが奏でる「グノシエンヌ」に合わせて道化師ショコラが踊り、テーブル席ではモディリアーニやラヴェル、ニジンスキー、リュミエール兄弟、オスカー・ワイルドなど、ベル・エポックを彩った著名人たちが楽しげに談笑しています。有名人ばかりに会えるこんな素敵なバーがあったら行ってみたいなぁと思わず空想してしまいます。他にも、挙げきれないほどたくさんの人物が色んなシーンに映っているので、ぜひじっくり観察してみてください。
一瞬だけ登場するアール・ヌーヴォー建築「カステル・ベランジェ」。
デザインを手がけた建築家ギマールもバーの場面でちらっと映っているので探してみて。
みんなの協力のおかげでついに犯人の正体を突き止めたディリリとオレルは、捕われている少女たちをなんとか助け出そう頭を捻り、あっと驚く救出大作戦を思いつきます。その救出劇にはパリを象徴するあのモニュメントを作った人物が仲間に加わるのですが、それは見てのお楽しみ。そして、幻想的なラストシーンは息をのむ美しさ!その尊さに、何度見ても胸が震えます。ディリリは、パリで出会った人たちすべての名前を小さなノートに書き記していきます。どんな人にも真摯に向き合い、ひとつひとつの出会いを大切にするディリリだからこそ、多くの人に愛され、仲間と一緒に大きなことを成し遂げられたのでしょう。見知らぬ土地でひとりぼっちだったディリリの真っ直ぐで勇敢な姿を見ていると、自分も頑張ろう!と勇気が湧いてきます。
フランス在住の荻野雅代と桜井道子からなるユニット。
サイトや書籍、SNSを通じてパリの最新情報をはじめ、毎日の天気を服装で伝える「お天気カレンダー」など、独自の目線でフランスの素顔を届けている。
NHK出版『まいにちフランス語』他の連載、著書に『曜日別パリ案内』、『パリでしたい100のこと』などがある。
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