みなさん、Bonjour!
パリの最新情報をお届けしているフランス在住の2人組、トリコロル・パリです。
映画が大好きな私たちが、お家にいながらフランス気分を楽しめる名作を紹介するこらちのコラム。
第2回は名匠ウディ・アレンが2011年に監督した『ミッドナイト・イン・パリ』を選びました。
観るだけで心がパリに飛び立って行くような、パリ愛がいっぱい詰まった映画です!
ハリウッドの人気脚本家ギル・ペンダーは、小説家になるという長年の夢を捨てきれずに処女作の執筆に悪戦苦闘中。婚約者のイネスと共に、彼女の両親の出張に便乗する形でパリを訪れるが、趣味の合わない彼らと過ごす時間は窮屈。ある晩、酔っ払って迷子になったギルの前に、古めかしい車が現れる。誘われるがまま乗り込むと、行き着いた先は、彼が敬愛する過去の作家やアーティストたちが集う1920年代のパリだった。
パリが舞台の映画は星の数ほどありますが、この作品は私の中で10本の指に入る傑作。パリはパリでも、現在と過去、2010年と1920年代の狂乱の時代をウディ・アレン監督の味付けで魅せてくれます。大好きな街とノスタルジックな時代をかけ算した監督って天才!単純明快で心がワクワクするストーリー、そして胸を締め付けられるような切なさが見事に融合していて、ウディ・アレン作品が苦手という人にも全力でおすすめします。
青空の下、ゆったりと流れるセーヌ河、にぎやかなカフェのテラス席、トリコロールの国旗がはためくシャンゼリゼ大通り。ひとしきり降った雨がやみ、濡れた石畳や木々の葉がキラキラと輝く。空は紫色に日暮れて、暗闇に包まれた夜空にエッフェル塔の光が瞬く…情感たっぷりのジャズナンバーに乗せて、パリの風景が淡々と映し出されるオープニングは圧巻!おしゃれを意識するでもなく、通ぶったマイナーな場所を選ぶでもなく、ありのままのパリの姿を愛でるウディ・アレン監督の純粋な気持ちがダイレクトに伝わってきます。パリとフランスに想いを馳せるジェルブレファンなら、この3分ちょっとのオープニングだけでもグッと胸に迫るものがあるはず。
そんな余韻を吹っ飛ばすように、冒頭では主人公ギルのみじめな現実がみっちりと描かれます。「雨降るパリは美しい」と言うギルに対し、「雨なんてどの街にも降るし、濡れるのはイヤ」と返す恋人イネス。婚約中ではあるものの、ロマンチストでパリに心酔するギルと、超現実派でアメリカ以外興味のないイネスの会話はことごとく噛み合いません。フランス嫌いの義両親とギルの相性も当然のごとく最悪。さらに、イネスの友人であるポール&キャロル夫妻も偶然パリ滞在中で、インテリで知識をひけらかすポールにも馬鹿にされ、ますます居場所がなくなるギル。
待ち合わせ場所となる教会前の階段。奥に見えるのは偉人たちが眠るパンテオン。
この孤立っぷりは、まるで義家族にいじめられるシンデレラ!と思っていたら、やっぱり来ました、かぼちゃの馬車…ではなく、プジョーのクラシックカーが!深夜0時を知らせる鐘の音を合図に魔法がかけられ、1920年代のパリへとタイムスリップするシンデレラの真逆パターン。昼間は現代で過ごし、真夜中になるとお迎えの車がやって来て、過去に戻って行けるというお手軽さ。SFではないので、細かなルールは考えずにゆーるい気持ちでご覧ください。とはいえ、そこは老練のウディ・アレン。トンデモ設定が気にならないほど、抜群のテンポでストーリーが展開します。1度だけ描かれる過去から現代に戻ってくる瞬間も良い意味でシームレス(笑)。歩いていたら知らないうちに現代に戻っていたという手法は、100年以上も前から建物や街並みがほとんど変わらないパリだからこそ可能になる力技ですよね。実際、過去と現代の大きな違いは髪型や服装ぐらいで、カフェやレストランの雰囲気、石畳の小道など、今も昔も大差がないところに、改めて驚かされます。19世紀半ばに行われた大規模な都市整備以来、建造物や景観の保護を心がけるパリ市の努力の賜物です。
才能を開花させる前の若い作家たちが集ったシェイクスピア・アンド・カンパニー。
タイムスリップの待ち合わせ場所は、パリ5区のサン・テチエンヌ・デュ・モン教会の階段。ヘミングウェイと出会う「ポリドール」は、劇中では現代になるとコインランドリーに変わっていますが、実際は昔と変わらぬ住所で営業している現役のレストランです。19世紀のメリーゴーランドのあるパーティー会場は12区の縁日博物館でもちろん見学可能。動物の立派な剥製が並ぶ「デロール」は1831年から現存する標本・剥製の専門店。ギルが一目惚れしたアドリアナと散歩するサクレ・クール寺院裏手の階段や、ブラッスリー「ポール」、レストラン「マキシム」も当時を偲ばせる姿のまま。他にも、クリニャンクールの蚤の市、ノートルダム大聖堂裏手の公園、パリ在住英米作家のオアシス的存在の書店「シェイクスピア・アンド・カンパニー」)など、パリらしさを感じられる場所が映画の随所に登場するので、ジェルブレファンは必見です。コラムの最後に各スポットの住所を紹介しています。
さて、この映画の一番の見どころは、ギルが出会う作家や芸術家たちのそうそうたる顔ぶれ。ヘミングウェイ、フィッツジェラルド夫妻、ピカソ、ダリ、ロートレックと、ざっと挙げただけでもため息が出る豪華さです。彼らの作品や人となりをほのめかすやりとりが会話の中にたくさん散りばめられていて、そのたたみ掛けるような知識の数々はウディ・アレンの文化系「千本ノック」と名付けたいほど濃厚。でも、インテリを鼻にかけるポールとは違い、監督の語り口には、過去の芸術家と彼らの作品に対する純粋な憧れと尊敬の気持ちが感じられます。ヘミングウェイと対面するギルの目の輝きが、そんな監督の思いを物語っているようです。
パリで最も豪華な橋と言われるアレクサンドル3世橋は、エッフェル塔の眺めも抜群。
実在の人物を生き生きと演じた役者たちの演技もお見事。ギルが最初に出会う偉人として登場するトム・ヒドルストンは、繊細なイメージで知られるフィッツジェラルドそのもので、観る者をあっという間に1920年代に運んでくれます。若き日のヘミングウェイは目力強めでカッコよく、ダリを演じるエイドリアン・ブロディの演技も絶妙なさじ加減、ピカソやブニュエルはとにかくそっくり。何よりも、現代人にとっては古びた存在の歴史上の大御所たちも、未来を夢見てパリに集う才能あふれる若者だったのだという当たり前の事実を突きつけられ、ハッとします。そして、マリオン・コティヤールとレア・セドゥ、二人のフランス人女優も素晴らしい。魅惑のミューズと自然体のパリジェンヌ、どちらにも時空を超えた美しさがあり、主人公が出会う両極のフランス人女性を飾ることなく演じ、物語の要として輝きを放っています。
映画の大きなテーマである、懐古主義への問いかけ。1920年代のパリに憧れ、今の地位を捨て、小説家への転身を夢見るギルは、ポールが指摘する通り、過去こそが黄金時代だと思い込むことで現実逃避している情けない人間なのかもしれません。過去に行けば、そこは「現在」になり、1920年代の人たちの中にも、さらに前の時代が良かったという人もいるわけで。昔を懐かしみ、憧れるのは堂々巡りで、どうしたって「今」をどう生きるかという問題に直面せざるを得ないのです。と同時に、現在こそが最先端で過去のどんな時代よりも優れているというのも、浅はかで傲慢な考え方なのだと思い知らされます。そして、私たちが生きている「今」が、遥か遠く、100年後の誰かにとっての憧れの「黄金時代」になるのかもしれないと考えたら、毎日を大切に、楽しく過ごそう!と自然と元気が出てきます。
劇中では、ワインやシャンパン、リンゴのお酒など、これぞフランス!といったおいしいお酒がたくさん登場します。お気に入りの飲み物とジェルブレを用意して、ギルと一緒にパリを旅するような気分で楽しんでください。
ギルとアドリアナが歩くセーヌ河岸。ほかにも素敵なスポットがたくさん登場します。
Place Sainte-Geneviève 75005
41 Rue Monsieur le Prince 75006
53 Avenue des Terroirs de France 75012
46 Rue du Bac 75007
Rue du Chevalier de la Barre 75018
15 Place Dauphine 75001
7 Rue Royale 75008
37 Rue de la Bûcherie 75005
フランス在住の荻野雅代と桜井道子からなるユニット。
サイトや書籍、SNSを通じてパリの最新情報をはじめ、毎日の天気を服装で伝える「お天気カレンダー」など、独自の目線でフランスの素顔を届けている。
NHK出版『まいにちフランス語』他の連載、著書に『曜日別パリ案内』、『パリでしたい100のこと』などがある。